すべてが始まる夜に
「何を赤くなってるんだ? いいか、今から部長は禁止だ。わかった? 茉里?」

今から部長と一緒にいるときは “悠くん” と呼ばないといけないということだ。確かに部長が言う通り、あんな行為をしている時だけ名前を呼ぶのも憚られる。
まるで会社で仕事の指示でもされているかのように言われ、私は小さく「はい」と頷いた。

「茉里、すごく美味そうなケーキとプリンだな」

この部屋に来たときより笑顔が増えて、なぜかとっても機嫌が良くなった部長は、テーブルの上に並べられているケーキとプリンを指さした。
やっぱりプリンが2つあるのを見つけて喜んでいるのだろうか。

「えっと、この赤いのがいちごのレアチーズケーキで、この黄緑色のがピスタチオのムースです。それでオレンジのがマンゴープリンで、このクリーム色のがお蕎麦のプリンです」

「えっ? 蕎麦のプリン?」

「そう。これ見たとき、ゆ、悠くんの顔が浮かんできて……。お蕎麦もプリンも好きだけど、お蕎麦のプリンは好きなのかなって」

ケーキ屋さんで実際に思ったことだけど、口に出して本人に言うのはどこか恥ずかしくて顔が熱くなってくる。

「ありがとな。このプリン見て俺のこと思い出してくれたんだ。蕎麦のプリンって食べたことないけど、蕎麦もプリンも好きだから絶対好きだと思う」

「ほんと?」

「ああ。茉里が俺にって選んで買ってきてくれたしな。茉里はどれが食べたい?」

「私……?」

目の前にある4つのお皿を眺める。
できることなら全部味見してみたいけど、そんなことはできないし、選ぶのも難しい。

濃いオレンジ色のマンゴーの果肉がたっぷりと添えられたマンゴープリンだって食べたいし、丸いフォルムの黄緑色のピスタチオのムースにも惹かれる。ほんのり赤いいちごのレアチーズケーキも美味しそうだし、欲を言えばお蕎麦のプリンだってどんな味か食べてみたい。
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