すべてが始まる夜に
『結婚くらい考えるの当然でしょ』

店内にはBGMが流れているけれど、邪魔にならない程度の音楽なので、声を落としていても女性の声が店内にはっきりと聞こえてしまう。

『俺は付き合うときに言ったよな。結婚はまだするつもりがないって』

男性は女性よりも低く小さい声で言い返しているけれど、私の席とわりと近いせいか会話を聞かないようにしようとしてもどうしても聞こえてしまう。

『じゃあいつになったらしてくれるの? 2年も付き合ったのよ。それなのにまだ結婚するつもりがないってありえない』

『結婚は考えなくていいから付き合ってくれって言ったのはお前だろ』

『最初はそうかもしれないけど、2年も付き合ったら結婚を考えるのは当然でしょ。私たち遠距離になったのよ』

『それはお前の言い分だろ。それに俺がこっちに転勤になったときに話したよな。結婚はまだ考えられないから別れようって。でも遠距離でもいいから続けたいって言ったのはお前だろ』

どうやら結婚するしないで揉めているカップルのようだ。男性は付き合うときにまだ結婚するつもりはないと言い、女性はそれでもいいからと付き合ったけれど、付き合って2年がたち、男性が転勤で遠距離になったこともあって、当然のことながら女性は結婚がしたくなったようだ。

男性が付き合う時にはっきりとまだ結婚するつもりはないと言っているのなら女性が文句を言うのはおかしいけれど、でも女性の気持ちも分からなくはない。2年も付き合っていれば結婚願望だって出てくるよね。それに転勤で遠距離になったのなら寂しいし、少しは気持ちが変わったんじゃないかって期待しちゃうよね。

心の中で2人の会話に参加しながら、運ばれてきたカップを手に取り、口に含む。ミルクたっぷりの温かいカフェオレが疲れた身体の中に染みていく。
ごはんよりやっぱりパンケーキを注文しようかな、そう思ったときだった。

悠樹(ゆうき)って顔がイケメンだけでほんと最低ね。ちょっと女にモテるからって私のことなんだと思ってるの! イケメンだからって何でも許されると思わないで!』

ヒートアップしたのか女性の声が大きくなった。
< 3 / 395 >

この作品をシェア

pagetop