すべてが始まる夜に
「ねぇ、茉里? 何が悲しいのか教えてくれないか?」

瞳を揺らしながら私をじっと見つめる。

「何を話してくれても大丈夫だから。茉里が嫌なことは絶対にしないから。約束する」

部長は口元で弧を描いて、私の頭に優しく触れた。
その表情に安心して、小さく深呼吸する。

「さっき……テラスで……」

「さっき? テラス?」

「私……初めて自分の気持ちに気づいたの……」

「自分の気持ち?」

首を傾げて尋ねてくる部長に対して、小さく頷く。

「悠くんと一緒に笑ったり、ごはんを食べたり……、手を繋いだり、抱きしめてもらったり……、こんな風に旅行に連れてきてもらったり、いっぱいキスされたり……、それに一緒のベッドで眠ったり……、ずっと嬉しくてドキドキしてたのは、ぜーんぶ悠くんのことが好きだからだったんだ、って……」

「えっ? いっ、今なんて……?」

「だから……レッスンが終わったらもう悠くんと一緒に過ごせないのかなとか、悠くんに彼女ができたらそんなの絶対に嫌だなとか思ったら、すごく悲しくなって……。こんな気持ちになったの初めてだから、自分でどうすることもできなくて……」

「茉里、それって……。もっ、もしかして、俺のことが好きなのか?」

「うん。好き……」

私は部長の顔を見つめてコクンと頷いた。

「あ、あの、好きなのはこの部屋じゃないよな? ほんとに俺のことが好きなんだよな?」

「うん。悠くんが好き……。自分ではどうすることもできないくらい、すごくすごく悠くんが好きなの……」

そう答えた瞬間、唇が重なった。
角度を変えながら、強く吸われるようにキスが繰り返される。

そして唇を離した部長が、私の頬を両手で包み込み、とても嬉しそうな笑顔を向けた。

「茉里、レッスンは終わりにしよう」

「レッスンが終わりって、もう悠くんには会えないってこと?」

「違う、そうじゃない。レッスンは終わりにして、今から俺たちは本物の恋人同士だ」

「それって……」

「これから俺と茉里はずっと一緒にいるってことだよ。茉里、俺も茉里が好きだ。俺はずっとお前のことが好きだったよ」

部長はそう言って優しい眼差しで微笑むと、再び唇を重ねた。
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