すべてが始まる夜に
「茉里、あと1時間しかないけど、一緒に露天風呂に入ろっか?」

そう尋ねながら、部長がもう一度唇にちゅっと触れた。

「ほんとに、一緒に入るの?」

「外を見てごらん? ちょうど太陽が沈んだ黄昏時で、こんな綺麗な景色を見ながら風呂に入ってみたいと思わないか? 茉里がどうしても嫌だって言うなら仕方ないけど」

テラスの向こうに視線を向けると、地平線の下に太陽が沈み、薄暗くなってはいるけれど、遠くにまだ夕焼けの赤さが少し残っている。

「ほんとだ。綺麗……」

「だろ? こういう機会はめったにないぞ。今がチャンスだと思わないか?」

「じゃ、じゃあ、私が先に入るから、悠くんはあとから来て。お願い……」

「わかった。でも時間がないから3分しか待たないぞ」

「さっ、3分だけ……?」

「だって18時から夕飯だからな。茉里、早く入らないと、すぐに3分経つぞ」

楽しそうに笑う部長に向けて頬を膨らまし、急いでパウダールームに入る。いつドアを開けられてしまうのかドキドキしながら服を脱ぎ、急いで身体にタオルを巻いた。
部長がまだ入ってこなかったことにほっとしながら、シャワールーム通り、そこのドアから露天風呂へと続く扉を開ける。太陽が沈み気温が下がったせいか、冷たい冬の空気が途端に身体全体を包み込んだ。

「わっ、さむっ。早くお風呂の中に入らなきゃ、風邪ひいちゃう……」

身体に巻いていたバスタオルを取り、濡れないようにタオルをかごの中に入れて露天風呂の中に身体を沈める。
お湯はちょうどいい温度で、じわじわと身体を温め始めた。

「海を見ながら温泉に入れるなんて、すごく贅沢だな……」

景色を見ながらひとりごとを呟いていると、突然シャワールームのドアが開き、部長が露天風呂の中に入ってきた。

「なっ、入ってよかっただろ?」

恥ずかしくて顔を上げることができず、私は肩を丸めて身体を見られないように部長に背中を向けた。
肩を抱かれ、部長の方へと引き寄せられる。
パシャっと水が跳ね上がり、身体がビクンと反応して、思わず喉の奥から吐息が漏れた。

「ほんとに贅沢な景色だな」

返事をしたいけれど、今まで以上にドキドキするのと恥ずかしいのとで全く返事ができない。
それに引き寄せられて肩を抱かれたことで、部長の胸板や腕の感触がダイレクトに伝わってきて、嫌でも部長と一緒にお風呂に入っているという事実を認識させられてしまう。

「茉里、大好きだよ」

そう耳元で囁いた部長の唇がそっと私の唇に重ねられた。
< 301 / 395 >

この作品をシェア

pagetop