すべてが始まる夜に
「俺に会いにきたわけじゃない。仕事の売り込みだよ」

「仕事の……売り込み?」

「ああ、前に福岡のラルジュが開店するときにな、地元で人気のあるモデルを起用してオープニングイベントを行ったんだ。そのときに起用されたのがあいつだ。で、今回3店舗目を福岡で開店するだろ? そのときもまたあいつを使ってほしいと言ってマネージャーと一緒に売り込みに来たんだ」

そんなの全然知らなかった。
ということは、部長と彼女はラルジュのオープニングイベントで出会って付き合うようになったのだろうか。

「じゃあ、悠くんと彼女はラルジュのオープニングイベントで出会って、付き合うようになったの?」

部長は申し訳なさそうな顔をして頷いた。

「でもな、茉里に軽蔑されるかもしれないし、言い訳に聞こえるかもしれないけど、俺はそこまで好きじゃなかったんだ。向こうから付き合ってほしいって言われて、“結婚するつもりはないけど、それでもいいのなら” って断りを入れて付き合った。前も話したけど、俺としてはセフレみたいなものだった。身体が満たされればいいって感じだったからな」

「でも、彼女はまだ悠くんのことが好きじゃないの?」

「それはないな。人前で俺にあんなことを言った女だぞ。俺のことが好きだと思うか?」

そう言われるともう好きじゃないのかもしれないけれど、そんなのはわからない。
やっぱり忘れられなくて、もう一度付き合いたいと思うことだってあるかもしれない。

「ほんとに? 悠くんは彼女のこともう好きじゃないの?」

「好きじゃないの? って聞かれても、申し訳ないが最初から好きじゃなかったからな。茉里のことを好きになって、自分が嫉妬するようになって初めて、人を好きになる、付き合うってこういうことなんだなって理解したよ」

そんな風に言ってくれる部長だけど、まだどうしても不安が拭い取れない。だけど、しつこくいろんなことを聞いて、部長に嫌われてしまうのが怖い。
そんな私の心の中がわかるのか、部長はにこっと柔らかい笑顔を向けた。
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