すべてが始まる夜に
「でもな、茉里に軽蔑されるかもしれないし、言い訳に聞こえるかもしれないけど、俺はそこまで好きじゃなかったんだ。向こうから付き合ってほしいって言われて、“結婚するつもりはないけど、それでもいいのなら” って断りを入れて付き合った。前も話したけど、俺としてはセフレみたいなものだった。身体が満たされればいいって感じだったからな」

こういう浮気男が言うような常套句なんて言いたくなし、都合のいい言い訳だということはわかっているけれど、実際にはセフレとして付き合っていたようなものだ。
安易にセフレとして付き合った俺が悪いのは百も承知だが、このせいで茉里との関係が壊れるなんて絶対に嫌だ。

「でも、彼女はまだ悠くんのことが好きじゃないの?」

「それはないな。人前で俺にあんなことを言った女だぞ。俺のことが好きだと思うか?」

「ほんとに? 悠くんは彼女のこともう好きじゃないの?」

「好きじゃないの? って聞かれても、申し訳ないが最初から好きじゃなかったからな。茉里のことを好きになって、自分が嫉妬するようになって初めて、人を好きになる、付き合うってこういうことなんだなって理解したよ」

茉里は俺の答えをひとつひとつ確かめながら、事実はどうなのか見極めているようだった。
だが顔にはまだ不安そうな表情が残っている。
俺は怖がらせないように、にっこりと柔らかい笑顔を向けた。

「茉里、まだ不安なんだろ? 茉里が心の中で不安に思ってることがあったら全部吐き出して。俺、何でも答えるから。俺はお前がひとりでいろいろ考えて、俺の予想をはるかに超えるような突拍子もないことを言われる方が怖いんだ。他に聞きたいことがまだあるだろ?」

そう、こいつは真面目だから、自分の中で真剣に考えて考えて、その結果とんでもない答えを出すときがある。
実際に自分に自信がないという理由で俺にレッスンをお願いしてきて、それがきっかけで俺たちは付き合うようになったけれど、変な風に考えて別れにでも繫がったら怖くてたまらない。
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