すべてが始まる夜に
「えっ、社長? 直接社長とお話したの?」

驚いて目を丸くする茉里の顔を見て、少し顔を歪めてしまう。

「あのな、ひとつ茉里に伝えてないことがあってな。うちの森本社長って俺の叔父さんなんだ」

そう言った瞬間、茉里が「えっ──?」とさらに驚いた顔を向けた。

「ああ、お袋の弟で、エムズコーポレーションは俺の祖父(じい)さんが作った会社なんだ。ちなみにエムズのエムは、森本のエムな。俺も松永だからエムだけど」

その場を和ませるように笑ってみたものの、茉里は驚いたまま俺の顔をじっと見つめている。

「そんなにびっくりすることないだろ。まあ俺も自分の祖父(じい)さんが作った会社だし、できれば貢献したいと思っているけど、ここまで大きくなると身内だからと言って簡単に継げるような会社ではないしな」

「継ぐって、将来悠くんが社長になるの?」

「それはわからない。だけどできればそうなりたいとは思ってるよ。社長のとこには子供がいなくてな。身内は俺だけだから。俺には弟がいるんだけど、弟は親父と同じ教師になってるしな」

茉里の顔がまたしても曇り始めた。
その顔を見て慌てて口を開く。

「茉里、最初に言っておくけど、俺はただの普通の一般家庭に育った人間だからな。たまたま会社と近い存在の人間だけど、すごいのは祖父(じい)さんや叔父さんであって、俺が作った会社じゃないんだ。だからそんなことは気にするな。俺から逃げようとか思うなよ。俺はお前を手放す気は全くないからな」

お前を絶対に離さない──。
そう思いながらぎゅうっと抱きしめる。
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