すべてが始まる夜に
「あ、あの部長、これから用事がないようでしたら夜ごはん食べて帰りませんか?」

持っている鞄の取っ手をギュッと握り、俺に視線を向ける。

夜ごはん?
飯か?

どうやらあのカフェで夜ごはんを食べて帰るつもりだったはずが、俺のせいで食べ損ねたらしい。この近くに蕎麦屋があるから一緒に食べて帰らないかということだった。

蕎麦か。
酒でも飲んで気を紛らわそうとしていたけれど、どうするかな。
いくら部下といえど女性と2人で食事っていうのは考えてしまうが、まあ白石なら大丈夫だろう。
社内で俺と2人で食事したなど言いふらすことはないだろし、それに付き合ってほしいとか彼女面するとかそんなことは絶対にしないだろうから。
それより何で俺を誘った?
もしかしてさっきのことで俺は白石に同情されているのか?

俺がどうするか考えていると、「あ、あの、嫌でしたらすみません。ひ、ひとりで食べて帰りますので大丈夫です」と、謝ってきた。

「ああ、いや、その嫌じゃなくて、もしそのさっきのことで俺に気を遣ってくれてるのなら……と思っただけだ。まあ蕎麦屋ならそんなこともなさそうだな」

わざと自嘲気味に笑って笑顔を作ってみる。
じゃあ蕎麦でも食って、帰ってから酒でも飲むか。
あのカフェから白石を連れ出した俺にも責任あるしな。
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