すべてが始まる夜に
「あのな、ああいうマニュアル本っていうのは書いた奴らの見解本だろ。白石の良さや苦手なことや男の好みなんか全く知らない奴らが書いているのに、白石がその通りにして上手くいくわけないだろ。何でそんなものを信じるんだ? だいたい白石ならそんな本に頼らなくてもモテるだろうに。どうしてそんなにマニュアル本にこだわるんだ?」

「付き合い方の正解がわからないんです」

「そんなの誰だってわからないないさ。恋愛には正解も不正解もないんだから。だいたい恋愛ってのはお互いに一緒の時間を過ごす中で育んでいくものだろ」

「でも遊ばれて捨てられるとか怖いんです」

付き合い方の正解がわからない?
遊ばれて捨てられるのが怖い?
好きならとりあえず付き合ってみる、ではないのか。
今時珍しいというか、それとも失敗は許さない完璧主義者なのか。
まあ真面目な性格というのもひとつあるだろう。

「いいか白石、最初から怖がっていたら何もできないぞ。普通に付き合っていても価値観の違いや性格が合わないとかで別れるときは別れるんだ。例えば白石がそのマニュアル本通りに付き合ったとする。ちゃんと順番を守って結婚したのに、そのあと結婚相手が浮気したらどうする? そういうことだってあり得るんだ。マニュアル本通りにしたからといって幸せかどうかはわからないぞ。俺なんか見てみろ、人前で女にあんなこと言われたりするんだぞ。男と女なんて何が起こるかわからないんだ」

真面目過ぎる性格がゆえ、あまり思いつめないようにと自分の例も入れて自嘲気味に笑ってみる。

吉村ならいいんじゃないか。白石のこと大事にしてくれると思うぞ──。
そう言おうとしたけれど、吉村の気持ちもあるだろうしとそれは言わずにおいた。

少し酒が回ってきたのか白石の顔がほんのりと赤くなっている。烏龍茶でも注文するか?と口を開きかけた俺に白石は「部長、もうひとつ聞いていいですか?」 と窺うような視線を向けてきた。
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