すべてが始まる夜に
私は鞄の中からスマホを取り出し、とりあえず画面をタップした。
何もすることはないけれど、とりあえずメッセージアプリなんかを開いてみる。
こういうときに限って、何もメッセージは来ていない。
何かメッセージでも来ていれば返信だってできるのに。

どうしよう。
あっ、インスタでも開いてみよう──。
そう思ったときだった。

「待たせて悪かったな。行こうか」

頭上から男性の声がしたので顔を上げてみると、驚くことにたった今彼女に振られた松永部長が私のテーブル席の前に立っていた。

えっ? 松永部長?

松永部長の顔を見つめたまま、驚きすぎて声も出てこない。

「何してる? 早く行くぞ」

何か訴えるような目で私を見つめる部長は、テーブルに置いてあった私の伝票を手に取るとそのままレジの方に歩き始めた。

はっ? どういうこと?
お、お店出るってこと?
ちょ、ちょっと待って、それ私の伝票……。

慌てて鞄を掴んだ私は、俯きながら急いで部長のあとを追いかけた。周りのお客さんたちがニヤニヤと好奇な視線を向けてくる。

絶対このお客さんたち勘違いしてる。
さっきの話の内容から、私のこと部長の新しい彼女だと思ってるはずだよね。
全然違うのに──。

私はこの人とは何にも関係ありません!
この人が結婚しないのは決して私のせいじゃありませんから!

心の中で思いっきり叫んだところで、カフェのお客さんたちに釈明できるわけもなく、私は好奇な視線を一斉に浴びながらお店から出ることとなった。

レジで自分たちのコーヒー代と一緒に私のカフェオレ代まで払ってくれた部長は、お店を出た後、何も言わず私の二歩先をそのまま歩いていた。

いったいどういうこと?
私はこれからどうしたらいいの?

「あ、あの……、ま、松永部長……」

どうしていいかわからない私は恐る恐る松永部長に声をかけた。
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