すべてが始まる夜に
「なんだ? 何かあるのか?」

「あっ、いえ……、あの、部長……、ごめんなさい。昨日薬を飲んでもらうときにお水をもらおうと勝手に冷蔵庫を開けてしまったんです。そしたら冷蔵庫の中にはほとんど食べ物が入ってなくて……。だから何か食べてから薬飲むって言っても何もないなって思ってしまって……。すみません」

先ほどの笑顔から一転、また申し訳なさそうな顔をして謝り始める。

冷蔵庫の中と言えば、ほぼ1年中ほぼ飲み物しか入れていない。だいたい水かお茶、そしてビールぐらいしか入っていないが、あれを見たってことか……。

会社では常に表情を崩さず上司としてあれこれと部下に指示を出しているというのに、なんとなくだが情けない姿を見られた気がしてしまう。まあこいつには既に先週、もっと情けない姿を見せてるんだがな──と思いながらも俺は少し格好をつけて答えた。

「普段は会社から帰って来るのが遅いからほとんど家では作らないしな。それに昨日まで出張だったし、そう言われれば何もないな」

料理なんて全くと言っていいほど作らないが、ここで嘘をついたところで別にバレることでもないしな。

なんて涼しい顔をして微笑んでいると、白石からはまた予想外の答えが返ってきた。

「部長、聞いてもいいですか? 部長ってプリンがお好きなんですか?」

はっ? いきなり何だ?
プリン?

話の意図が分からず、 「好きだけど。なんか変か?」 と問い返すと、白石は口元を手で押さえながらクスクスと笑い始めた。

急に笑われてしまい、何がそんなに可笑しいんだ?と少し怪訝そうな顔を向ける。すると、白石は楽しそうに笑いながら俺に視線を向けた。

「いっ、いえ……。あまりにも似合わないなって思いまして……。イメージだと、俺は甘いものは嫌いだ、ブラックコーヒーしか飲まない!って感じなのに、プリンが好きってなんだか可愛いなって……」

「そうか? 誰だってプリンは好きだろ。まあ俺は今流行りのとろとろのプリンじゃなくて固めのプリンの方が好きだけどな。あのカラメルの苦さとのバランスが最高だよな」

不意に可愛いと言われてしまい、照れを隠すようにプリンについて饒舌に語ってしまう。笑い続ける白石にまだそんなに可笑しいかと不服そうに尋ねると、慌てたように首を横に振った。
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