正解の恋
 「正解の恋」
私はモテる。いや、尻軽なだけかもしれない。長い人生一人の男にだけに尽くすなんてもったいない。一度に何人もの男と付き合うことなんて当たり前だし、やり逃げされたこともやり逃げしたこともある。私は特別美人ではない。世の中ちょいブスのほうが楽しく生きられると私は思う。自分を綺麗にしようと努力しているとき「女に生まれてきてよかった」と思える。男に生まれたら味わうことのできない感覚だ。でも私には、困ったところが一つあって、それは、他の人のものを欲しがることだ。小さい時よく姉のお気に入りの服、ぬいぐるみを横取りしていた。私は、幼いときから欲深かった。大人になった今も同じで、よく他の女の男が欲しくなる。いまのマンションも不倫相手に貢がせた金で住んでいるようなもの。仕事さえしていない。仕事より私は男が大事。
 風が生ぬるい夏の夕暮れ。私は築何十年になるのかわからないボロアパートに引っ越してきた。なぜかというと、不倫がバレて捨てられたからだ。いや、私から別れを告げた。自分のものにならない男に興味も執着もない。
「あかり?酒持ってきたよ」
引っ越し祝いだと言って、親友が酒を持ってきてくれた。
「そんなのいちいちいいのに」
つばさという私の親友は、元男性で今は性転換手術を受けて、女性としてニユーハーフのガールズバーで働いている。つばさと私は馬が合う。私と同じでつばさも欲深い。昔、付き合っていた男にもう一軒行こうと誘われて行ったのが、つばさの働くガールズバーだった。
「いくらなんでもさ、もう少し綺麗で女の一人暮らしに合う部屋があったんじゃない?なにこのボロ屋」
「立派なマンションに住んでいたじゃない?反動で貧乏な暮らしがしたくなったわけよ」
「家賃いくら?これから生活どうするの?うちのバーくる?大丈夫?」
「心配性だなー。ガールズバーでは働かないよ。客食っちゃうかもだから」
「確かに。それは守ってもらわないとだめだね」
「ちゃんと考えてるよ」
「養ってくれるパパまだいるの?」
「いない」
「じゃ仕事探さないとじゃん!」
「短期のビアガーデンのバイト始める」
「いつから?そんなんで暮らせる?」
「前の前の前の男に貢がせた金があるから大丈夫」
「どのくらい前のどの男よ・・・・・」
「どれだっけ?」
こんな感じで私の新しい一人での暮らしは始まった。
 ブーブーブー
「うるさいな・・・」
アラームを止めて起き上がる。昨日、つばさと飲んだ酒が残って頭が痛い。
「飲みすぎた・・・・」
実は私は、あまり酒が得意じゃない。なぜ飲むのかって、理由は一つ。男との出会いが増えるから。それだけ。ダルダルの大きいTシャツに下着だけの姿で、大きな窓を開けて伸びをする。人からどう見えるかなんて気にしない。そんなこと言っていたら自由に生きられない。正解と不正解なら迷わず不正解を選ぶ。正しくあることは、私にとって窮屈で退屈なことだ。恋愛もそう。不正解な恋の方が、楽しい。その場だけの関係なんて最高だと思う。一途に一人の人を思う正解の恋なんてつまんないし、これから先もずっとすることはないだろう。
「うわ!もう昼じゃん!急いで準備しないとバイトに間に合わない」
受かるわけないかと思い、面接へ行き、店長に、
「うちはかわいい子ならなんでもおっけー」
とチャラく言われた。このくらい適当ならしばらく無職だった私でも働けるかもと思った。ただ制服がくそださくて着ようとした今、気持ちが萎えた。ぴちぴちの膝上のスカートに上は赤いポロシャツ。またまたくそださい群青色のエプロンをしなくてはならない。たいしてスタイルのよくない私には、信じられないくらい似合わない。でも、そんな文句ばっかり言っていられないから早く着替えをすまして、ダッシュでバイト先に向かわなければ。
暑い真昼間の屋上で夕方からオープンするための準備をする。
「お疲れさま。準備どう?」
と店長がやってきた。
「あっお疲れ様です!」
「あぁ、今日初日だよね?えっと名前が・・・・・」
「笹野です。笹野あかりです。」
「あぁ、笹野さん覚えてたよ!」
こいつ本当に適当な店長だな。背が高くてがたいがいい。何歳くらいなんだろうこの人。
「あっ、新人だから紹介するね。みんなに」
「あっ、はい。よろしくお願いします!」
「この人が平井さん」
「はじめまして」
「はじめまして。よろしくお願いします・・・・」
感じ悪い。ただ、顔は超イケメン!
「で、この人が井口さん」
「はじめまして」
「よろしくお願いします」
髭を生やしていてメガネをかけている。この人も感じ悪い。てか、不清潔。
「ちょっと、あいさつだけしてくれる?」
「はーい」
小走りでやってきたのは、小さくて華奢な女性。
「この子唯一の女の子、林さん。みんななんでか女の子はやめちゃってね」
うん、分かる気がする。コミ障の集まりかってくらいみんな暗いもん。
「女の子きてくれてうれしいです。仲良くしてください!」
「はい。私も女性がいると心強いです!」
「他にも何人かいるんだけど、今日は大学にいってるからさ。人出不足なわけよ」
「あ、あの」
「あーいいのいいの。名前なんか覚えなくても雰囲気で」
「いや、みんな大学生なんですか?」
「あれ?あかりちゃんはいくつだっけ?」
「店長、女性に年齢聞くの失礼ですよ!」
と慌てて林が言う。なんか嫌みに聞こえるのは、私の被害妄想か?
「いんです別に。二十五です。大学生じゃありません」
「まぁ年下ばっかだけど仲良くうまくやってあげて」
なんだか思っていたのと違ったな。この先大丈夫だろうか?
 準備は終わり、あと五分ほどで開店だ。私は調理や洗い場ではなく、フロアを任された。ようは、ビールをついで、お客のところへ持っていくだけ。開店すると、一気にお客さんが入ってきた。サラリーマンのおじさんが多い。なかにはちらほら若い男性もいるが、連れの女がいる。なんかおもしろくないなと思いながら、必死でいくつものビールジョッキを持って運び、カラになったジョッキをまた回収してまわる。小指が引きちぎれそうなくらいジョッキが重い。片手に三つずつ、あと二つは腕でかかえて、合計5本のジョッキを運ぶ。
「揚げ物できたから持って行って!」
「ジュース足りないから補充して!」
「はい!いま行きまーす」
平井や井口や林の声があちらこちらで聞こえてくる。
「笹野さん、枝豆とか紙皿とか廃棄用のバケツあるから回収してきてくれる?」
と平井に言われた。
「はい!分かりました」
とは言ったものの、どこにそのバケツがあるのか分からずうろうろしていると
「バケツこれね!あせらないで大丈夫だから」
と店長が優しい声で丁寧に教えてくれた。なんだ、いいじゃん店長。いけないいけない。すぐ男あさりはじめる癖なおさなきゃ。仕事にきてるんだし。
九時になり閉店するとさっきまでの活気はどこへというくらい静かで人の声も聞こえない。汗だくになり、油とビールの匂いが制服にしみついているように感じた。ジョッキを持った指先がしびれて感覚がなくなっていた。
「お疲れ様、今日は疲れたでしょ?」
店長がまた、あの優しい声で言ってくれた。
「お疲れさまでした!」
仕事を終わらせ次々にみんなが、タイムカードをきって屋上からエレべーターで1階へ降りていく。
「今日はゆっくり休んで」
と頭をぽんぽんと店長にされた。どきっとした。
ブーブーと、携帯のバイブが響く。
「店長電話きてますよ!」
「あーみどりだ・・・・」
「彼女ですか?」
ふざけて聞いてみた。
「あぁ、まぁね。束縛激しくてさ、店終わるとすぐ電話してくるんだよ」
なんだ女いんのかよ。つまんないな。
「送ってくよ!」
「え?電話いんですか?」
「いつものことだからさ。夜道はあぶないよ!家どっちの方向?」
「あっ。駅の方です。」
「あれ?俺もそっちのほうだよ。ちょうどよかったね」
「あぁはい。」
 とぼとぼと歩いて帰る二人の時間。なんとも言えない時間。
「荷物もつよ」
「大丈夫ですよ」
「ジョッキ持って手痛いだろ?」
なにその優しさ。でも、彼女いるんだもんな。欲しくなってきちゃったなまた。
「手に入らないかな・・・・」
「え?なんて?聞こえなかった」
「いや独り言です。気にしないでください」
「あかりちゃんてさ、なんかおもしろいよね」
「馬鹿にしてます?」
「いやぜんぜん。かわいらしいなってことだよ」
くしゃっと笑うと細い眼がさらに細くなって、なくなる。たまらないほどつぼだ。いやなんでもいいからつぼとかないんだけど。
「彼女さんと付き合って長いんですか?」
「ちょうど二年くらいかな、一緒に暮らし始めたのは最近だけど」
二年って長くない?意外と一途なんだ。
「結婚とか考えてるんですか?」
「あー。俺はもう三十だけど、あっちはまだ、二十三だからな」
「そんな若いんですか?私より若い!」
「そんな驚くこと?年齢なんて関係ないよ」
「確かに、そうですね。どんな人なんですか彼女さん?」
「どんなって・・・まぁかわいいけどさ・・・・」
なんだ。ベタ惚れじゃん。若い女に。
「美人ってことですか?」
「あー。まぁそうだね」
なにその曖昧な返し方。
「ユウキ!」
正面から、すらっとした美人が近づいてくる。
「あっみどり!」
え?まさかこのモデル級の美人が店長の彼女?
「浮気を心配してさ、こうやって迎えにくることあるんだよ、うちの彼女」
「あっそうなんですね・・・」
ということは、今かなりやばい状況ってことでじゃない?
近づいてきた彼女に、私はおもいっきり突き飛ばされた。
「あぁ・・・・・・・」
驚きすぎて声も出なかった。
「なにしてんだよまた!」
そう言いながら店長が手を差し伸べようとした瞬間、彼女がその手をはらった。
「どういうこと!他の女に手をだしたの?なによこのブスな女!」
いやいや私はただのブスじゃなくて、ちょいブスです。
「ごめんね。けがないかな?」
「大丈夫です」
「彼女興奮してるからさ、今日はここで・・・ごめんねほんと」
「いえ、大丈夫です」
最後に彼女が、私の方を振り返って
「あんた、人のものほしがるタイプでしょ?」
本質を、見抜かれてはっとした。
「ごめんね。いろいろひどいことして。ほら、もう帰るぞ今日は」
「ごめん。私ユウキがいないと生きてけないから・・・」
「泣くなって、分かってるから。俺がわるかった」
そう言って店長は、彼女のみどりさんと一緒に向かいのアパートへ入って行った。
うん?ちょっと待て、向かいのアパートってことは、うちの目の前のアパートに住んでるってこと?店長がみどりさんを支えながら、階段をのぼって行く。しばらくすると向かいの二階の部屋に明かりがついた。私も階段をのぼって二階の自分の部屋についた。ここからは店長の部屋がよく見える。こんなボロ屋やっぱやめとけばよかったと心から後悔した夜だった。
 今日も屋上で炎天下の中、準備をする。揚げ物をあげて、皿に盛り付け、重たいワインやウイスキーの瓶をを冷蔵庫に補給して、冷えたジョッキを、並べる。少しずつ仕事にも慣れはじめてきた。
「おつかれさま」
と少し遅れて店長がやってきた。
「おつかれさまです!」
「うん、おつかれさま。あかりちゃんさ今日飲みに行かない?」
やっぱり、私はモテる。
「今日ですか?」
わざと驚いてみる。
「今日、予定あるなら・・・」
「いや行きます!」
食い込み気味で返す。
「じゃ、みんなにも声かけとくよ」
なんだ、それ先に言ってくれよ。私がただの勘違い女みたいじゃん。いや、実際そうなんだけど。
 夕方になってオープン直前に、雨が降ってきた。はじめはパラパラとした雨で、だんだん降りが強くなって、ゴロゴロゴロっと雷がなりだした。ついさっき並べたばかりの料理やビールジョッキを、慌てて片付けて、調理場へ持っていく。料理はなんとか濡れなかったけど、自分はびしょ濡れになっていた。遠くでピカッと光って、ゴロゴロゴロと音がする。私は、雷が怖くて苦手だ。調理場でうずくまり、耳を塞いでいたら。
「あかりちゃん大丈夫?」
店長が声をかけてくれた。
「私、雷苦手なんです・・・・」
「そっか。いまタオル持ってくるよ。」
そう言って店長は、調理場を出て、バックヤードへ行き、すぐにタオルを持ってきてくれた。
「あかりちゃん、タオル持ってきたよ!」
「あっありがとうございます」
うずくまり耳を塞いでいる私に、店長はタオルをかけてくれた。
「からだ冷えちゃうね。もう少しで雨もやんで雷もきっとならなくなるよ」
そう言って背中を擦ってくれた。いつものあの優しい声で。うなずくだけで返事はできなかった。
「大丈夫だよ。ここにいるから」
そう言って店長は、雷が鳴り止むまで私のからだを擦って側にいてくれた。なんだか今までに感じたことの無いような気持ちになり、嫌いな雷なのにこの時間がもう少し続いてほしいと思った。
 「雨で店早めに閉めたから、すぐ飲みにこれてラッキーでしたよ」
ガヤガヤとした居酒屋でいつもより大きめな声で平井が言う。座敷になっているテーブルをみんなで囲みながら、みんないい感じに酔っ払っていく。普段無口な井口が、急に号泣しはじめて言う。
 「こっちだっていっぱいいっぱいなんすよ。なんであんな男なんかと。俺のが絶対いい男なのに!」
どうやら井口は酒癖が悪いことで有名らしい。面倒くさいやつ。普段はほとんど話さないくせに。そりゃ女も違う男のとこにいくよ。
「あっそういえばまだ連絡先交換してなかったですよね」
林が連絡先を交換しようと言い出した。
井口には連絡先を教えたくないなと思いながらも、店長の連絡先は知りたかったからちょうどいい。これで店長と連絡がとれる。欲しかったら取ればいい。私はいつも不正解を選ぶ。人生も恋も。
「いま彼女と喧嘩中なんですよね、店長!」
と、林が言う。え?マジ?チャンスじゃん。
「喧嘩ってかまぁ、彼女家出てくって言うんだよね」
「それ喧嘩って言うんですよ。世間一般では!」
ブーブーと店長の携帯が鳴る。
「店長、みどりさんじゃないですか?」
「ちょっと店の外で電話してくるよ」
早く振られればいいのに。あんな女別れたほうがいいよ。私と付き合ってくれないかな。その日店長は、店に戻って来ることはなかった。
 明け方になり、ベロベロに酔っ払った井口を、平井と林が支えながら店を出る。酔っぱらいの面倒はほんとに疲れる。もうこのメンツでは二度と飲みに行きたくないと思った。
「私こっちなんで家」
と、言って三人と別れた。店長は彼女と別れたのかな。そんなことを考えていたらあっという間に、家に着いた。向かいのアパートから階段をおりるドンドンという音が聞こえてくる。もしかして店長!と心を弾ませたのもつかの間、階段を降りてきたのは、みどりだった。大きな旅行バックを二つも持って私の方へ歩いてくる。また突き飛ばされるのかと、ぐっと全身に力が入る。
「あんなつまんない男、あんたにやるわよ」
と睨みつけ去っていった。言われたことは気に入らないが、とりあえず店長はフリーになった。ラッキーじゃん私。
 今日は久々にバイトが休みだ。だからといってなにもすることがない。することがないといろいろこの先のことも考えて憂鬱になってしまう。ポツンポツンと外から雨の音が聞こえてくる。雨だとからだも心も不安定になる。ゴロゴロゴロと外から雷の音が聞こえてきた。雷の音が怖くて、布団をかぶって耳を塞ぐ。ブーブーと携帯が鳴る。メールかと思ったら電話だっった。しかも店長からだ。
「もしもし、あかりちゃん?」
いつもの優しい声が耳元で聞こえる。
「もしもし?どうしたんですか?」
「雷怖いって言ってたでしょ。大丈夫かなって思って」
「あっ、よく覚えてますね」
「怖がってたから心配になって」
今まで出会ってきた男の中でここまで優しい男はいなかった。
「カーテン、開けれる?」
「あっはい・・・・」
慌てて窓の方へ行きカーテンを開けると、店長もカーテンを開けていた。目が合うと手を振って優しく微笑えんでくれた。
「店長・・・・」
「どうした?」
こんなのいつものパターンだ。男なんてどいつも簡単にひっかかる。
「こっち・・・・来ませんか?」
いや、きてよ。いいじゃん別れたんだし。
「いや、それはさすがに・・・・」
あとひと押しで落ちると思った。
「彼女と別れたなら私と付き合ってほしい。私のところへきてほしい」
人生で何度も私は、この言葉を使ってきた。
「・・・・うん」
もういけると確信した。
「店長が好きです」
「うん、俺もあかりちゃんが好きだよ・・・・」
「うん」
「・・・・・・やっぱりそっち、行っていいかな?」
「うん」
他の女のものだった男を手に入れられるこの瞬間はなんて最高な気分なんだろう。ドンドンと階段をのぼる音がする。コンコンとドアをノックする音。あと少しで店長が自分のものになる。
 朝起きると、横で店長が寝ている。寝息をたてて、気持ち良さそうだ。横にいる店長の顔をまじまじと見つめる。イケメンじゃないけど味のある顔、筋肉質で固い腕、大きな手、頬を触るとぷにゅっとして気持ちよかった。テンパなのかパーマなのか分からないくるくるの髪を引っ張ってみたり、なでてみたりした。
「ん?」
「あっ、ごめん起こしちゃった」
「うんん。こっちおいで」
と言って抱き寄せてくれた。ギューと力強く抱きしめてくれた。キャラメルみたいな甘い時間。私の好きな時間。この時間がもっと続けばいいのにと、あの雷の日に思った不思議な感覚が蘇る。
「そろそろバイトいかないとだね」
「ホントだ。店長もうこんな時間。」
「そのさ、店長って呼ぶのやめない?ずっと仕事場にいるみたいでさ」
「じゃ・・・ユウちゃん」
「うん、店長よりはいい」
ふたりで笑い合う。
 しばらくして、店長は、私の家に引っ越してきた。
「これでずっと二人きりでいられるね」
とくしゃっと笑う。バイト先でも家に帰ってきてからもずっと一緒な私たち。おかしいな、そろそろ飽きて他の男のところに遊びに行く私が、ずっと店長といたいと思う。他の男をあさってない。いままでなかった感覚だ。あの雷の日にはじめて感じた感覚。人生で味わったことのないこの感じ。
不安になり、親友のつばさに電話した。つばさはこう言った。
「それってもしかして・・・・」
「何?それって」
「正解のほうの恋をしてるんじゃない?」
「私が?店長に?」
「好きな人できたらずっと一緒にいたいなんて当たり前のことよ。不正解の恋しかしてこなかったら正解が分からないんじゃない?」
「なんか頭混乱してきた」
「んー、久々にうちのバーに来る?」
「うーん。会っていろいろ話したい」
「じゃさ、せっかくだし彼氏も連れてくれば」
「一緒にいたら相談できないじゃん!」
「見極めてあげる。あかりが正解を選んでるかどうか」
  バイトが終わった土曜日の夜に、私はつばさの働いているバーへ店長と二人で飲みにいった。店に入って入り口から一番近いカウンター席に二人で座った。しばらくするとつばさがやって来た。
「あかり!久しぶり」
「つばさー。しばらく会ってなかったもんね」
「そちらがあかりの彼氏の店長さん?」
「あっ、はじめまして」
「こないだ電話したとき、店長店長って彼氏さんの話ばっかりしてたんですよ」
「ちょっとやめてよ、そういうこと言うの!」
「いや、嬉しいよ。あかりちゃんが俺の話、友達にしてくれたなんて」
「彼氏優しすぎない?」
「そうなの!いままで出会ってきた男の中でも一番優しいの」
「いや、そんなことないよ・・・・・」
「なんかのろけ話聞かされてるみたい」
久しぶりにつばさに会えていろんな話をした。やっぱり私とつばさは、馬が合う。なんでも話せる親友がいることに幸せを感じた。
 それからの店長と過ごす日々は、いままでの人生のなかで一番幸せだった。いままで感じたことがないあの感覚。ずっといっしょにいたいと毎日思う。いっしょのベットに寝て同じ時間に起きて、いっしょに歯を磨いて、朝食をいっしょに食べる。平凡で刺激はなくてもただ幸せを感じる。
「今日バイト休みだからなんか夕食作ろうと思うけど、なにがいい?好きな食べ物なんだっけ?」
「カレー、ハンバーグ、オムライス!」
「子供じゃん」
「じゃあねーカレー食べたい!」
「うん。分かった。作っとく」
「やったー。あかりちゃんのカレー楽しみ」
「たいしておいしくないかもよ」
「あかりちゃんが作るご飯ならなんでもおいしいよきっと」
「はいはい。ほら、もうそろそろバイト行かないと遅れちゃうよ」
「ほんとだ。もうこんな時間!」
「財布もった?携帯もった?」
「ちゃんともってるよ。心配しなくても」
出ていく前はかならず行ってきますのハグをする。ぎゅーっと抱き合ったまま。
「あかりちゃん行ってきます」
「ユウちゃんいってらっしゃい」
「寂しくて離れたくなくなるね」
そんなこと言われたらますますこのままでいたくなる。店長はずるい。
「でも、お仕事いかないと」
「うん、じゃ行ってきます。早く帰ってくるね」
 正直、料理は得意じゃない。男のために料理するときが私にくるなんて、思ってもみなかった。早く帰ってこないかな店長。ぐつぐつと鍋でカレーを煮込む。コンコンとノックする音が聞こえた。玄関のドアのカギをを開けると、店長がいた。
「おかえ・・・・」
「ただいま、あかりちゃん」
とまたお帰りなさいのハグをする。力強く抱きしめて包んでくれるこの時間。一生続いてほしい。私はたぶんはじめて正解の恋をした。退屈で窮屈な正解より、自由で不正解の恋を選んでいた私には、もう戻れないだろう。世界で一番、店長が好きだと毎日感じる。強い刺激があるわけでも、自由があるわけでもない正解の恋。だけど、たった一人の人のたった一人になれる、なりたいと思う。相手を思う気持ちがこんなに愛おしいなんて知らなかった。同時にいつか壊れて、まぼろしのように終わってしまうんじゃないかと不安にもなる。
「じゃ、いただきます!」
「いだたきます」
「どう?」
「うん!めちゃくちゃおいしいよ!」
「ほんと?うれしい」
がつがつと食べる店長が、子供みたいでかわいくてたまれない。作ってよかった。
「おかわりあるからね」
「うん、するする!」
「うん」
「そういえばさ、こんどの木曜日あかりちゃん休みだよね?」
「うん」
「俺も休みなんだよ、久々の」
「そっか、そうだったよね」
「ドライブ行かない?」
「ユウちゃん、クルマもってないじゃん」
「レンタカー借りて」
「レンタカーって・・・・」
ちょっと笑ってしまう。でも、店長とドライブに行ってみたい。
 木曜日の朝、晴れてきれいな青空だ。
「あかりちゃん、どこ行きたい?」
「んー。なんか美味しいもの食べようよ!」
「じゃソフトクリームでも食べに行くか!」
ふたりきりのクルマの中。片手運転している店長の左手を握る。ふたりで笑い合う。言葉がなくても繋がっているこの感じがたまらない。握った手の下に置いてあった携帯がブーブーとなる。あまりの振動にびっくりして、繋いでいた手をほどく。
「感電だ!」
「ほんとだね。びっくりした」
「あれ、電話?」
「んーうん」
「出なくていいの?」
「いいよ、せっかくあかりちゃんとこうやっていれるんだから電話は後で」
うれしくてたまらない。店長を独り占めしている気持ちになる。とても心地よくて幸せな時間。手を握りながら彼の横顔を見る。かわいいな、触りたいなと思って頬を、ツンツンする。
「ちょっと、それだめ。運転中なんだから」
「ごめん」
だってかわいかったんだもん。口にはできないけど心で思った。その日はアイスを食べに牧場へ行った。やっと着いたと思ったら、ほたるのひかりがなりはじめた。
「えーもう終わりじゃん・・・・・」
「ごめん。道間違えたから遠回りになって」
「あっ、でも売店はまだやってるよ!ソフトクリーム売ってるよ!」
売店でソフトクリ―ムを買って、クルマの中で二人で食べる。子供みたいにがっついて食べる店長がほんとにかわいくて、今すぐ抱きしめたくなった。
 レンタカーを返してやっと家に着いたのが八時すぎ。
「あー疲れたね」
「うん。運転頑張ってくれてありがとう」
「うんん。楽しかった?」
「うん!すっごく楽しくていい思い出になった!」
「ならよかった」
グーと店長のお腹がなる音が聞こえる。
「お腹へった?ソフトクリーム食べただけだったもんね」
「うんそうだね」
「なんか作ろうか?材料はあるし・・・」
「なに作ってくれるの?」
子供みたいに笑う。
「なにが食べたい?」
「んーそうだな。カレー」
「またカレー?」
「だめ?」
「いいよ。いまから作るね」
「うん」
朝がきて、ぶーぶーぶーぶーぶー。携帯がなる。横で寝ている店長は爆睡していて全然気づいていない。電話、最近よくかかってくるな。昨日もドライブのとき電話なってたし。そういえば、店長はいつも電話にでない。どうしてだろう。
「起きて!ユウちゃん!」
抱きつきながら揺らして起こそうとする。
「ん?あかりちゃん、どうしたの?」
「電話なってるよ」
「うん」
「うんじゃなくて」
「いいよあとで」
「最近電話多くない?いつも出ないし」
「あかりちゃんといるときは、他のこと考えたくないの」
素直にうれしい。こういう馬鹿正直なところが好き。なんとなく嫌な予感はした。でも店長みたいにやさしい人がそんなことするわけないよね。幸せすぎるから疑いたくなるだけだ。私は店長を信じてる。
 今日も暑い炎天下のなか、オープンに備えて準備をする。
「店長が休みの日は、仕事増えてやだなー」
平井が愚痴をこぼす。確かに、店長がいないやることが増える。準備しながらも、早く店長に会いたくて、バイトが早く終わらないかなと思ってしまう。ポテトや唐揚げを揚げていていると、なんだか目の前がふわふわしてきた。目の前が霞んで見えなくなる。後ろに倒れそうになった瞬間、平井が私を支えてくれた。
「大丈夫ですか?熱中症じゃない?」
「なんか頭がぼーとしてて・・・・・。でも少ししたら治ると思います」
「だめですよ。今日は帰って休んだほうがいい」
「あぁ・・・・はい。早退します。ありがとう」
「帰り大丈夫ですか?」
「うん。一人で帰れます。」
「気をつけてくださいね」
「お疲れさま・・・・」
「お疲れ様です」
 とぼとぼと歩くいつもより長く感じる帰り道。家に着けば店長がいてくれる。早く家にたどり着きたい。
 なんとか家の前へ着き、ふらついた足で階段を上る。静かにドアを開けると、そこには赤いヒールが脱ぎすてられていた。
「まさか・・・誰よ・・・・」
慌てて部屋の中に入る。するとそこには、つばさがいた。
「あかり・・・・・・」
「いや、あかりちゃんこれはその・・・・・・」
ふたりとも慌てている。
「どういうこと?」
混乱しながら聞く。
「あかり・・・・今日はバイトでいないんじゃ・・・・」
「あかりちゃん・・・・・」
「二人でなにしてたの!」
「なにってそれは・・・だいたい分かるでしょ?」
「ユウちゃん私のこと裏切ってたの?」
「いや、それは、その・・・・」
「もしかして、よくかかってきてた電話もつばさからだったの?ねぇいつからいつからこんな・・・・・・」
涙が溢れて言葉にできない。
「なに泣いてるの?あんただって散々同じようなことしてきたじゃない?」
つばさの言うとおりだ。でも、自分がしてきたことより、二人に裏切られたことへの怒りが抑えられない。
「欲しかったらとってなにが悪いの?人にはするけど、人にされたらいやなの?わがままね」
もう何も言えない。
「ユウちゃんいつからつばさと・・・私よりつばさがよかったの?」
泣きながら伝える私に店長はこう言った。
「俺だってこんなことしたくなかった・・・・」
「じゃなんで!」
「まがさしたっていうか・・・・おれあかりちゃんのこともつばささんの事も好きなんだよだから・・」
「なにそれ・・・・」
「いろいろ悩んでて相談にのってほしいって言ってて、すごく困ってそうだったから」
この人はとても優しい人だ。でも、その中途半端な優しさは、人を女性を深く傷つけることを知らないんだろう。なにもかも分からなくなって、家を飛び出した。
走ってどこまで行くのかあてもない。泣きながら、憎い。裏切られた。ずるい。その気持ちが今度は、優しくしてくれた店長を思い出して、責めたくなくなる。繰り返し繰り返し頭の中をぐるぐる回る。やっぱり、私とつばさは馬が合う。つばさは、私と同じで欲深い。とても大切な親友だと思っていた。でも、私はこんなに酷いことを、いろんな人にしてきたんだ。いままで分からなかった。正解の恋は、退屈で窮屈なんかじゃなかった。とても幸せな時間だった。バイトの初日、頭をなでてくれた。雷の日は背中をずっとさすってくれた。雷が怖いとき電話してきてくれた。カーテンごしに笑った店長の優しい笑顔が忘れられない。手をつないでドライブへ行った。手の下に置いたスマホで二人で感電だって笑い合った。ソフトクリームをいっしょに食べた。私の作るカレーを美味しそうに食べる子供みたいな顔。一つ一つが忘れられない。憎むことなんてできない。私は、本気で彼を愛していた。恋をしていた。でも、私は彼にとって大切なたった一人の人ではなかった。大切な人のたった一人になりたかった。私はどうすればよかったんだろう。その日は街をさまよい歩いて、家には帰らなかった。
 日中、店長が仕事に行っている時間に家に帰ってきた。部屋に入ると涙が止まらない。いつも一緒にいたひとつひとつがここにある。でも、この部屋でつばさと会っていたと思うと、苦しくて悔しくて更に涙が止まらない。早くこの家から出なければと慌てて荷物をまとめる。涙を拭いながら。お揃いのマグカップ、おそろいで色違いのパジャマ、二つ並んだ枕、二つの歯ブラシ、ふたりで一緒に選んだ箸やお茶碗、ガチャガチャで買った青いクマのぬいぐるみ、はじめてデートに行った時着ていた服、可愛いねって褒めてくれたピアス。苦しい。忘れられない。忘れたい。やっぱり忘れたくない。まだ好きだ。でもこれ以上一緒にはいられない。はっきり断れない店長に期待して、傷つくのは私だから。荷物をまとめて部屋を出る。もう二度と戻ってこない部屋。さよなら店長。さよなら正解を知らなかった不正解の私。
 
 




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