あなたの隣を独り占めしたい(続編まで完結)
 その後、佐伯さんは本当にメールでレストランを指定してきた。
 当然迷いはあったけれど昼の件でお礼も伝えたい気持ちもあり、夜のご飯を一緒に食べることになった。
 彼が選んだお店は割と古くからある感じの雰囲気のある洋食レストランだった。
 さりげなくかかっているジャズが、大人のムードをさらに盛り上げてくる。

「来てくれてありがとう」
「いえ。お誘いありがとうございます」

 軽くグラスを掲げて乾杯すると、お互いに一口ずつワインを喉に通した。
 その香りは芳醇で、ふわっと鼻に抜けていく。

「はぁ……」
(もう二度とこんなシチュエーションはないと思っていたのに)

 お料理も少しずつ並び始め、私はそれらを前に肩に入っていた力を少し抜いた。

(定食屋で会った時、佐伯さんに似合う場所はこういうところなのにって思ったっけ)

 まだそんな前のことでもないのに、あれはずいぶん昔に会った出来事のように思う。

「料理冷めるよ。あ、まだ食欲は戻ってないとか?」
「い、いえ! あれから食事はちゃんととってます」

 ぼうっとしている中声をかけられ、私は慌ててナイフとフォークを手にする。

「遠慮なくいただきます」
「どうぞ」

 ワインを少し飲んだおかげで、お腹は十分にすいている。
 私は気づかれないよう一つ息を吐き、目の前で美味しそうに湯気をたてるステーキをゆっくり口に運んだ。
 口の中でじゅわっと広がる肉汁、鼻抜ける香ばしい香、目を閉じてしまうほどに美味しい。

「すっごく美味しいです」
「よかった」

 ほっとしたように微笑むと、佐伯さんも自分のステーキを食べ始める。
 どんな時でも優雅さと色香を漂わせる彼の所作は、黙っているだけでも目の保養だ。

(圭吾のことで助けてもらった上に、食事まで誘ってもらえるなんて)
「あの、今日は本当にありがとうございました」

 恐縮していると、佐伯さんはくすりと笑って私を見る。

「あんな顔されたら、助けないわけにいかない」
「そ、そうですか」
(助けを求めるってわかるような顔してたのか)
「……でも私の状況、よく分かりましたね」
「流石に詳しくはわからないけど。あの男が元カレで、槙野が何やら困ってるのは分かったよ」
「はあ」
(あの一瞬でそこまで分かるんだ。さすが洞察力を養っているだけある)

 感心していると、佐伯さんはワインをグッと飲み干して苦笑する。

「槙野は分かりやすい方だよ」
「そうですか?」
「うん。心を隠そうとしてるのすら、分かりやすい」
「……そうですか。でも圭吾には伝わってないみたいでしたけど」
「いや。あの男は槙野が困ってるのが分かってて、強引に誘おうとしてたと思う」
「えっ、いやいや。誘うとかじゃないですよ」

 そこまで言って、佐伯さんは食べていた手を止め少し真剣な顔をした。
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