あなたの隣を独り占めしたい(続編まで完結)
ミラノを出たのは何時だっただろう。
気がついたら、私は自分の部屋でぐったり寝そべっていた。
目の前には一人で食べたチキンの骨が乗った皿。
(帰ってからやけ食いしたんだっけ?)
自分のことなのに、記憶が曖昧でぼんやりしている。
元カレから今カレの噂話を相談されるとか、本当に私は何をしているんだろう。
明日恭弥さんに会うというのに、どんな顔をしていたらいいのかわからない。
坂田さんのことを想像すると、嫉妬で胸の奥がチリチリと焼けるような痛みが走った。
(過去のことだって分かっていても、変な想像しちゃって苦しい)
一緒に過ごすはずだった24日がこんなことになってしまい、残念なんて言葉じゃ言い表せない。
どんなに平静を装ったって、明日会ったら何かしら責めるような言葉を言ってしまいそうだ。
「いっそ私から明日の予定を断っちゃおうかな」
こんな意地悪な気持ちも湧いてきてしまう。
でも本当の心は理解してる。
彼の方から連絡が来たら断ることなんかできないって。
私はもう恭弥さんから離れられなくなっているんだって……
そんな私の心を読んだように、携帯の着信音が鳴った。
当然相手は恭弥さんだ。
私は嬉しさと戸惑いの狭間に揺れながらも、通話ボタンをタップした。
「……もしもし」
『栞? 寝てたかな』
「いえ。あ……でもワインを飲んだので、少しぼんやりはしてますね」
『……何かあった?』
ワインを飲んだと言っただけなのに、どうして何かあったんじゃないかって思うのか。
この人のこの嘘を全部見抜いてくるところが、時々厄介だと思う。
「恭弥さんは?」
私は何もなかったと伝えてから、話題を変えたくて彼の様子を尋ねた。
すると、出張先は退屈だという答えが返ってくる。
『早く栞に会いたい』
あまりにストレートなその言葉に、不意打ちされたように鼓動が跳ねる。
坂田さんとのことが頭の隅にはチラついているのに、今の彼を失うのはやっぱり無理だと思ってしまう。
「私も。会いたいです」
(早く抱きしめて……今の不安を全部拭い去ってほしい)
『ん、じゃあ明日は空港から直でそっちに行くから。早くていい?』
「もちろんです。なるべく早く来てください」
(不安で胸が押しつぶされる前に)
握った拳をそっと胸に押し当てて願うように言うと、恭弥さんは少し沈黙した後に思いがけないことを呟いた。
『やったことないけど……電話越しで抱けるかな』
「え?」
『人のイメージ力って案外すごいんだよ。俺の中では今、栞が腕の中にいる感覚がある。栞がそれを感じ取れるかはわからないけど』
(今、恭弥さんの腕の中に……)
私は目を閉じて恭弥さんの声に集中した。
すると、不思議なほどに胸がドキドキしてきて、実際に彼に抱かれている時と同じ温もりが自分を包んでいるような気になってきた。
「伝わってきた……気がします」
『いいね。じゃあこのままキスするから、唇を緩めて』
「っ、はい」
逆に緊張してキュッと口を結ぶと、電話越しに彼が笑った。
『緩めてって言ってるのに』
「で、でも」
『いいよ、強引に入っていくから』
耳元でリップ音が響き、キスされた感覚がリアルに迫ってくる。
嘘みたいな体験だった。
緩んだ唇の隙間から、恭弥さんの舌先が滑り込むのもわかる。
「ん……」
思わず甘い声が漏れ、体から自然に力が抜けて、私はベッドの上に倒れ込んだ。
『これ、想像以上だな。肌の感触が伝わってくる……どこに触れてるかわかる?」
「そ、んなの。わかるわけない……」
(嘘、わかってる。触れられてるところが熱を帯びていくもの)
感じる場所を自らの手で触れたことはなかったけれど、触れなくては耐えられないほどの衝動が込み上げてくる。
『わからなくてもいいよ。俺には栞の中はもうトロトロなのまで伝わってきてる』
「や……言わないで」
『嫌? なら、電話を切る?』
「それはもっと嫌!」
(恭弥さんの意地悪! なんなのこれ……こんなのあり得ない)
実際に彼に抱かれている時とほぼ同じような状態になっている自分が信じられなかった。
でも、彼の言う通りもう私の中は受け入れる準備が整っていて、全部を支配されたい気持ちでいっぱいになっている。
『相変わらず素直だな。君のそういうところが好きだよ』
甘くとろけそうな声色で愛を囁かれ、遠慮のない熱を電話越しに送ってくる。
ワインの余韻がまだ残っていたせいなのか、私はもう理性で自分を制御できなくなり、恥ずかしい体勢で自分の疼きを上り詰めさせることに夢中になった。
(……自分でしてしまった)
導かれるように達した後は携帯を握ることもできなくて、私はしばらくベッドの上で放心状態になっていた。
恭弥さんが同じように達したのかはわからない。
ただ、優しく髪を撫でて顔にキスしてくれているのが伝わってくる。
『栞、眠い?』
「……はい。ちょっと……力が入らなくて」
無理に目を開けてみるけれど、やっぱり隣には恭弥さんはいない。
なのに、体には抱かれた後と同じ感覚がしっかり残っていた。
(今、私は恭弥さんに抱かれた……多分、これは嘘じゃない)
「意識が、保てないです」
『そっか。ならこのままゆっくり寝て。明日はちゃんと実体のある俺がそこに行くから』
「ん、はい」
『おやすみ……寂しい思いさせてごめん』
そんな声を最後に聞いただろうか。
私は満ち足りた気持ちで改めて目を閉じ、ふんわりと綿菓子に包まれたような夢の中に吸い込まれていった――
気がついたら、私は自分の部屋でぐったり寝そべっていた。
目の前には一人で食べたチキンの骨が乗った皿。
(帰ってからやけ食いしたんだっけ?)
自分のことなのに、記憶が曖昧でぼんやりしている。
元カレから今カレの噂話を相談されるとか、本当に私は何をしているんだろう。
明日恭弥さんに会うというのに、どんな顔をしていたらいいのかわからない。
坂田さんのことを想像すると、嫉妬で胸の奥がチリチリと焼けるような痛みが走った。
(過去のことだって分かっていても、変な想像しちゃって苦しい)
一緒に過ごすはずだった24日がこんなことになってしまい、残念なんて言葉じゃ言い表せない。
どんなに平静を装ったって、明日会ったら何かしら責めるような言葉を言ってしまいそうだ。
「いっそ私から明日の予定を断っちゃおうかな」
こんな意地悪な気持ちも湧いてきてしまう。
でも本当の心は理解してる。
彼の方から連絡が来たら断ることなんかできないって。
私はもう恭弥さんから離れられなくなっているんだって……
そんな私の心を読んだように、携帯の着信音が鳴った。
当然相手は恭弥さんだ。
私は嬉しさと戸惑いの狭間に揺れながらも、通話ボタンをタップした。
「……もしもし」
『栞? 寝てたかな』
「いえ。あ……でもワインを飲んだので、少しぼんやりはしてますね」
『……何かあった?』
ワインを飲んだと言っただけなのに、どうして何かあったんじゃないかって思うのか。
この人のこの嘘を全部見抜いてくるところが、時々厄介だと思う。
「恭弥さんは?」
私は何もなかったと伝えてから、話題を変えたくて彼の様子を尋ねた。
すると、出張先は退屈だという答えが返ってくる。
『早く栞に会いたい』
あまりにストレートなその言葉に、不意打ちされたように鼓動が跳ねる。
坂田さんとのことが頭の隅にはチラついているのに、今の彼を失うのはやっぱり無理だと思ってしまう。
「私も。会いたいです」
(早く抱きしめて……今の不安を全部拭い去ってほしい)
『ん、じゃあ明日は空港から直でそっちに行くから。早くていい?』
「もちろんです。なるべく早く来てください」
(不安で胸が押しつぶされる前に)
握った拳をそっと胸に押し当てて願うように言うと、恭弥さんは少し沈黙した後に思いがけないことを呟いた。
『やったことないけど……電話越しで抱けるかな』
「え?」
『人のイメージ力って案外すごいんだよ。俺の中では今、栞が腕の中にいる感覚がある。栞がそれを感じ取れるかはわからないけど』
(今、恭弥さんの腕の中に……)
私は目を閉じて恭弥さんの声に集中した。
すると、不思議なほどに胸がドキドキしてきて、実際に彼に抱かれている時と同じ温もりが自分を包んでいるような気になってきた。
「伝わってきた……気がします」
『いいね。じゃあこのままキスするから、唇を緩めて』
「っ、はい」
逆に緊張してキュッと口を結ぶと、電話越しに彼が笑った。
『緩めてって言ってるのに』
「で、でも」
『いいよ、強引に入っていくから』
耳元でリップ音が響き、キスされた感覚がリアルに迫ってくる。
嘘みたいな体験だった。
緩んだ唇の隙間から、恭弥さんの舌先が滑り込むのもわかる。
「ん……」
思わず甘い声が漏れ、体から自然に力が抜けて、私はベッドの上に倒れ込んだ。
『これ、想像以上だな。肌の感触が伝わってくる……どこに触れてるかわかる?」
「そ、んなの。わかるわけない……」
(嘘、わかってる。触れられてるところが熱を帯びていくもの)
感じる場所を自らの手で触れたことはなかったけれど、触れなくては耐えられないほどの衝動が込み上げてくる。
『わからなくてもいいよ。俺には栞の中はもうトロトロなのまで伝わってきてる』
「や……言わないで」
『嫌? なら、電話を切る?』
「それはもっと嫌!」
(恭弥さんの意地悪! なんなのこれ……こんなのあり得ない)
実際に彼に抱かれている時とほぼ同じような状態になっている自分が信じられなかった。
でも、彼の言う通りもう私の中は受け入れる準備が整っていて、全部を支配されたい気持ちでいっぱいになっている。
『相変わらず素直だな。君のそういうところが好きだよ』
甘くとろけそうな声色で愛を囁かれ、遠慮のない熱を電話越しに送ってくる。
ワインの余韻がまだ残っていたせいなのか、私はもう理性で自分を制御できなくなり、恥ずかしい体勢で自分の疼きを上り詰めさせることに夢中になった。
(……自分でしてしまった)
導かれるように達した後は携帯を握ることもできなくて、私はしばらくベッドの上で放心状態になっていた。
恭弥さんが同じように達したのかはわからない。
ただ、優しく髪を撫でて顔にキスしてくれているのが伝わってくる。
『栞、眠い?』
「……はい。ちょっと……力が入らなくて」
無理に目を開けてみるけれど、やっぱり隣には恭弥さんはいない。
なのに、体には抱かれた後と同じ感覚がしっかり残っていた。
(今、私は恭弥さんに抱かれた……多分、これは嘘じゃない)
「意識が、保てないです」
『そっか。ならこのままゆっくり寝て。明日はちゃんと実体のある俺がそこに行くから』
「ん、はい」
『おやすみ……寂しい思いさせてごめん』
そんな声を最後に聞いただろうか。
私は満ち足りた気持ちで改めて目を閉じ、ふんわりと綿菓子に包まれたような夢の中に吸い込まれていった――