あなたの隣を独り占めしたい(続編まで完結)
「恭弥さんの手は大きくて安心します」
「栞は全部が小さくて包み込み甲斐があるよ」

 ついでにぎゅっと体を抱き寄せると、ふんわり優しい花の香りがした。
 とたん、もっと触れたくなって頬や唇にキスをしてやると、栞の方から強引に離れた。

「もう、こんな時に!」
「こんな時だから癒しが欲しいんだよ」
「……そう、でしたね」

 考え直したように栞は照れながら俺を抱きしめ、慰めるように背中をさすった。
 相変わらず裏を考えないその反応や仕草に、俺はまた不安を覚える。

「栞、他の男が同じように落ち込んでいても同情する必要はないからな?」
(勘違いした男に惚れられないとも限らないし)
「え?」

 栞は驚いたように顔を上げると、俺の目を見つめながら真意を図ろうとする。

「私、そんな軽い感じに見えてますか?」
「いや、そうじゃなくて」

(俺がこんなにも栞に独占欲を出してるって知ったら驚くだろうな)

 それにまだ彼女の前では格好つけていたい自分がいて、余裕のない男だと思われたくない。
 エゴの塊みたいな自分なのに、栞に対しては大人の余裕を見せたがる。

(情けない気もするけど、これが今の本心だから仕方ない)

「いろんな人を癒してたら栞が疲れちゃうだろ。それが心配でね」

 なんとか嫉妬むき出しの表現を避けてそう言うと、彼女も納得して微笑んだ。

「私は恭弥さんを癒せているなら、それだけで十分嬉しいです」
「ん……ありがとう」

 こんな些細なやりとりに幸せを感じる日常を俺はやっと得ることができた。
 それを少しでも壊そうとする人間がいるなら俺は何をするかわからない。
 そう思うほどに今の俺は栞を愛している、と、この時も実感した。



 翌日旅行をキャンセルし、新たに飛行機の予約をしてから実家へ向かった。
 いつもなら淡々とただ通るだけの空港も、乗るだけの飛行機も、栞と一緒だというだけでなんだかワクワクしてくる。
 母親が大変だというのに胸を躍らせるとか、どういう神経かと自分でも思うが、実際そうなんだから仕方がない。

「飛行機なんて滅多に乗らないからちょっと嬉しいです」

 小さな窓の外を覗き見ながら、栞は目をキラキラさせている。
 そしてハッとしたように俺を振り返った。

「すみません、お母様の様子が悪いっていうのに……」
「いや、今日明日どうにかなる体調じゃないんだ。普通に旅行みたいな気分でいてくれていいよ」

(それに俺も同じことを思ってたしな)

「旅行だなんて。流石にそこまでは浮かれてません」

 実家に行くことを意識したのか、栞は大人しく前を向く。
 安心して欲しくて手を握ってやると、彼女はちらと俺の顔を見て顔を赤らめた。

(栞を見たら、母はどんな顔をするだろう)
 
 俺にも親父の血を濃く感じていただろう母は、どこか息子である俺をよそよそしく扱うところがあった。
 どうせ俺も将来女性を幸せにはできまいと思っていたのかもしれない。

(残念ながら、栞の登場で俺の人生は大きく変わったんだよ)

 このことを言わずとも伝えられたなら、俺はやっと母と同じ目線で会話できる気がした。
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