あなたの隣を独り占めしたい(続編まで完結)

2.愛を信じる(SIDE 栞)

 旅行の約束から急きょ恭弥さんの実家へ行くこととなり、私は変なテンションのまま彼の実家である旅館の入り口に立っていた。

(思わず一緒に来ることを承諾してしまったけど、やっぱり緊張する!!)

 今更ながらかなり立派なその門構えに身がすくむ。
 恭弥さんはあまり実家のことは語りたがらないのだけれど、幼少期からのトラウマは聞いてしまっている。
 過去に起きたことを気にするのはやめようと決意しているけど、彼の心の状態は気がかりだ。

「栞。もう入るけど、いい?」
「は、はい」

(もうここは腹を括るしかない)

「そう緊張しなくていいよ。今はもうスタッフもそんな多くないんだ」

 私の頭に手をぽんと置いてから、恭弥さんが玄関に足を踏み入れる。
 すると、奥から着物を着た女性が小走りに出迎えてくれた。

「まあ、まあ、坊ちゃん!」

 懐かしがるように彼に駆け寄った女性は、60代くらいの白髪の目立つ優しげな女性だった。

「絹さん」

 絹さんと呼んだ女性を見て、恭弥さんは嬉しげに目を細めた。

「苦労かけてるね」
「いいえ、私はこの旅館に、女将さんに人生預けてますから。まあ、恭弥坊ちゃんが戻ってくれたらとは時々思いますけどね」

 本気とも冗談とも取れないような雰囲気で、絹さんは穏やかに微笑んだ。
 額の深い皺は、彼女の苦労を物語っているように見える。
 他のスタッフが現れる様子はなく、本当にお客様も従業員も減っているようだ。

(経営を続けるだけでも、きっと大変なんだろうな)
「女将さんにはお会いになりましたか?」

 その質問に恭弥さんは首を横に振り、ふうと息を吐いた。

「あの人、まだここを一人でやる気なんだよね?」
「それは……そう、でしょうね」

 絹さんは表情を曇らせ、話を逸らすように私のほうを見た。

「ご挨拶が遅れまして、田宮絹です。あなたが坊ちゃんの婚約者さん?」
「はい。はじめまして、槙野栞といいます」
「栞さんですか。まあまあ、可愛らしい人だこと」

 まるで母親のように目を細める絹さんに、私は照れながら持ってきたお土産を手渡した。

「これ、少しですけど。皆さんで食べてください」

 持参してきた菓子折りを手渡すと、彼女は目尻に皺を寄せて微笑む。

「まあ、美味しそうなお菓子。遠慮なくいただきますね」
「あ、でも。このお菓子、20個しかなくて……数、足りますか?」
「数の心配までしてくださるんですか。坊っちゃんにはない気遣いをされる方ね」
「絹さん、そりゃないよ」

 肩をすくめた恭弥さんに、絹さんも私も思わず笑ってしまった。

(二人とも信頼関係があるんだな)

 絹さんは私のことも好意的に見てくれているようで、ちょっとホッとした。
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