あなたの隣を独り占めしたい(続編まで完結)
直感した通り、その人は恭弥さんのトラウマとなっている香苗さんだった。
(どうしてこの方が?)
それは恭弥さんも同じ気持ちらしく、名前を口にしたまま黙っている。
その表情は恐いほど暗く、まだ彼女に何かしら感情を抱いているのが伝わってきた。
なのに香苗さんは私をチラと見たあと、何も問題がないような笑顔で恭弥さんを見上げた。
「お久しぶりね。恭弥さん」
「どうしてあなたが、ここに?」
「あら、絹さんから聞いてないかしら。私、数ヶ月前から女将さんに頼み込んで、ここで働かせていただいているのよ」
「まさか、おふくろが許したのか?」
過去のことを考えると、確かにこの人がここで働くのは非常識でしかないように思う。
それでもスタッフとして働いているのは確かなようだから、私も困惑してしまった。
「許されたかどうかわからないけど。今のままじゃ、立ち行かないのが分かってらして……私がいくらか融資を申し出たものだから。それで働けることになったのよ」
「……そんなに経営は厳しいのか」
「借金は少ないとは言えないわね。でも、私がここを引き継げばきっと持ち堪えさせて見せる。そう思ってるのよ」
「どういう神経なんだ。親父は何してるんだよ」
いつもは冷静で穏やかな恭弥さんが憤りを隠さずに言う。
それでも香苗さんは平然と微笑んだままだ。
「お父様は私からも奥様からも逃げたの」
「は?」
「私たちは二人とも捨てられたということじゃないかしらね」
悲しむ様子もなくそう言いのける香苗さんの姿に、なぜか背筋が冷たくなる。
この女性は確かに美しい。
着物の見せ方というのを知っているし、立ち姿や指の動き一つにも色気を感じる。
ただ、それは男性にだけ向けられた魔性の魅力のように見えた。
(恭弥さんから過去を聞いてなければ、逆に不安になっていたかもしれない)
私はそう感じつつ、彼女がいつ私の存在を口にするか待っていた。
でも、とうとう最後まで香苗さんは私のことは何も言葉にせず、ごゆっくりと会釈だけして去って行ったのだった。
(無視!?)
まさかの存在否定に、私は愕然となった。
こんなあからさまなことは経験がない。
それほどに、彼女からは露骨なほどの敵意を感じた。
「……恭弥さん、私。もう嫌われてしまったみたいですね」
ついそんな弱音を吐くと、彼はぎゅっと手を握って額にキスしてくれた。
「ごめん。あの人がここに入り込んでるなんて知らなくて。知っていたら栞を連れてこなかった」
「いえ、私が知らないところで香苗さんと恭弥さんが二人きりになるところなんて想像したくないです。私、ついてきてよかった」
「栞……」
視線を上げると、彼はふっと優しく笑った。
「強くなったね。頼もしい目をしてる」
「そう、ですか?」
「うん。栞がいてくれたら俺も心強いよ。ありがとう」
折れそうなほど強く私を抱きしめ直し、彼は細く長くため息をついた。
その様子から、私よりもずっと彼の方がショックを受けているのが伝わってくる。
(恭弥さんを守らなくちゃ)
私は彼の背中に両腕を回し、離れないから大丈夫と表現したくて、彼の広い背中をさすった。
(どうしてこの方が?)
それは恭弥さんも同じ気持ちらしく、名前を口にしたまま黙っている。
その表情は恐いほど暗く、まだ彼女に何かしら感情を抱いているのが伝わってきた。
なのに香苗さんは私をチラと見たあと、何も問題がないような笑顔で恭弥さんを見上げた。
「お久しぶりね。恭弥さん」
「どうしてあなたが、ここに?」
「あら、絹さんから聞いてないかしら。私、数ヶ月前から女将さんに頼み込んで、ここで働かせていただいているのよ」
「まさか、おふくろが許したのか?」
過去のことを考えると、確かにこの人がここで働くのは非常識でしかないように思う。
それでもスタッフとして働いているのは確かなようだから、私も困惑してしまった。
「許されたかどうかわからないけど。今のままじゃ、立ち行かないのが分かってらして……私がいくらか融資を申し出たものだから。それで働けることになったのよ」
「……そんなに経営は厳しいのか」
「借金は少ないとは言えないわね。でも、私がここを引き継げばきっと持ち堪えさせて見せる。そう思ってるのよ」
「どういう神経なんだ。親父は何してるんだよ」
いつもは冷静で穏やかな恭弥さんが憤りを隠さずに言う。
それでも香苗さんは平然と微笑んだままだ。
「お父様は私からも奥様からも逃げたの」
「は?」
「私たちは二人とも捨てられたということじゃないかしらね」
悲しむ様子もなくそう言いのける香苗さんの姿に、なぜか背筋が冷たくなる。
この女性は確かに美しい。
着物の見せ方というのを知っているし、立ち姿や指の動き一つにも色気を感じる。
ただ、それは男性にだけ向けられた魔性の魅力のように見えた。
(恭弥さんから過去を聞いてなければ、逆に不安になっていたかもしれない)
私はそう感じつつ、彼女がいつ私の存在を口にするか待っていた。
でも、とうとう最後まで香苗さんは私のことは何も言葉にせず、ごゆっくりと会釈だけして去って行ったのだった。
(無視!?)
まさかの存在否定に、私は愕然となった。
こんなあからさまなことは経験がない。
それほどに、彼女からは露骨なほどの敵意を感じた。
「……恭弥さん、私。もう嫌われてしまったみたいですね」
ついそんな弱音を吐くと、彼はぎゅっと手を握って額にキスしてくれた。
「ごめん。あの人がここに入り込んでるなんて知らなくて。知っていたら栞を連れてこなかった」
「いえ、私が知らないところで香苗さんと恭弥さんが二人きりになるところなんて想像したくないです。私、ついてきてよかった」
「栞……」
視線を上げると、彼はふっと優しく笑った。
「強くなったね。頼もしい目をしてる」
「そう、ですか?」
「うん。栞がいてくれたら俺も心強いよ。ありがとう」
折れそうなほど強く私を抱きしめ直し、彼は細く長くため息をついた。
その様子から、私よりもずっと彼の方がショックを受けているのが伝わってくる。
(恭弥さんを守らなくちゃ)
私は彼の背中に両腕を回し、離れないから大丈夫と表現したくて、彼の広い背中をさすった。