あなたの隣を独り占めしたい(続編まで完結)
 恭弥さんのお母様は色白のとても美しい方だった。
 年齢はお聞きしていたけれど、まだ少女のような可憐な雰囲気をたたえた感じで、ご年齢よりかなり若く見えた。
 ただ、体調はかなり悪いのか、ベッドからは起き上がれない状態のようだった。

「ごめんなさいね、こんな体勢で」
 
 個室である病室に入るなり、お母様は恭弥さんでなく私に視線を向けてそう言った。

「とんでもないです。ご無理なさらないでください」
「ありがとう」

 そう言って、お母様は優しげに笑った。
 顔の造りは違うけれど、目元の優しさは恭弥さんに似ていると感じた。

(素敵な方だな)

「恭弥の選んだ方ね?」
「は、はじめまして。槙野栞です」
「恭弥から聞いていたわ。よく来てくれたわね、栞さん」

 私たちがゆったり会話するのを隣で見ていた恭弥さんは、安心したように私の手を離した。
 離れてから初めて、自分がお母様の前で手を繋いでいたことに気づく。

(やだ。見えてたらどうしよう)

 恥ずかしく思ったけれど、お母様はそのことについては何も言わなかった。
 静かに微笑むと、恭弥さんの方を見た。
 途端、優しげな表情が少し真剣なものに変わる。

「恭弥も流石にお母さんがこんなだと、帰ってきてくれるのね」
「そう言われると気まずいんだけど。帰りづらい環境にしてるのはおふくろの方だろ」

 いつになく棘のある言葉だけれど、恭弥さんの声に怒気はなかった。
 やっぱり弱っているお母様を見て胸が痛んでいるのだろう。
 
「旅館も人が減ったでしょう」
「そうだね。なんで今の状態になってるのか色々聞きたいけど、体に触るだろうから……」
「いいえ」

 遠慮しようとする恭弥さんの言葉を遮った。

「全部あなたに話しておきたいと思っていたから、このまま話させてちょうだい」

 強めにそう告げると、私に目を移して恭弥さんだけに話したい内容だと言った。
 私は親子だけの話なのだと察し、すぐに頷いた。

「じゃあ、私外に出てます」
「栞、ロビーにいて。話が終わったらすぐ行く」
「はい。ではお母様、一旦失礼しますね」
「ええ。会いにきてくれてありがとう。恭弥をよろしく頼むわね」

 私が頭を下げるのと同時に、お母様はそう言って私を見送ってくれた。
 まるでお会いするのはこれが最後とでもいうように。
< 47 / 50 >

この作品をシェア

pagetop