あなたの隣を独り占めしたい(続編まで完結)
4.愛する覚悟
(SIDE 栞)
東京に戻った日、恭弥さんはずっと考え込んで言葉を発しなかった。
体調が悪いとか、そういうことではないらしい。
でも、顔色は悪く、食欲もない様子に心配が募る。
(お母様と病院で話した内容に何か深刻なことがあったのかな)
体調が悪いのでないとすると、思い当たることといったらそれしかない。
お母様の病状的にはあまり良くなく、旅館の仕事は今後厳しいかもしれないとしか聞いていない。
だから佳苗さんに仕事を譲ったということなんだろうけれど。
ご両親の経緯を考えると、大切に守ってきた旅館をあの人に譲るという選択をするだろうか。
(わからない)
「明日は、どこかに出かけましょうか」
外でゆっくり話が聞ければと思ってそう声をかけたのだけれど、彼は首を振った。
「悪いけど、そういう気分じゃない。ちょっと一人にしておいてくれるかな」
沈んだ声に、不安な気持ちが強くなる。
(どうしてあげたらいいんだろう)
無理やり心の中を聞き出すわけにもいかず、私なりに何かできないかと考える。
とりあえず食事はちゃんとして欲しいと思い、食欲がなくても摂取できるような栄養たっぷりのスープを作った。
次の日の朝。
相変わらず深刻そうな恭弥さんに、スープを差し出した。
「食欲がなくても、せめてこれは飲んでください」
「ありがとう」
彼は湯気の立つマグカップを眺め、力無い表情で微笑んだ。
「心配しなくていい。会社が始まるまでには元気になるから」
彼はそう告げて、私の髪をくしゃっと撫でた。
(会社が始まるまで……この調子なのかな)
そう思っていたその日の夜、恭弥さんはふらっと出かけたまま朝まで帰ってこなかった。
*
「恭弥さん」
ついに痺れを切らした私は、リビングのソファで眠っている恭弥さんを起こした。
「恭弥さん、起きてください」
「ん、あ……栞」
目を開けると、私の真剣な調子に、恭弥さんは驚いた表情で私を見る。
とたん、目頭が熱くなって涙ぐみそうになった。
「どうして昨日帰ってこなかったんですか?」
「……ちょっと考え事があって」
「何も言わないで帰らないなんて! 目眩で倒れたのかなとか、事故があったのかな、とか思って眠れなかったですよ!」
私の憤りの言葉を聞いた恭弥さんは、ソファから起き上がって座り直した。
「そんな普通の心配してくれるんだ」
「……普通のって?」
「外で浮気してるかも、とか思わなかった?」
(浮気!?)
「それは……思いつきもしませんでした」
(そうか。そういう可能性もあったのかな……正直、事故とか体調が心配でそればっかり気になってた)
私の心の内を知り、恭弥さんは少しホッとした表情で口元を緩めた。
「こんな俺でも、栞は想ってくれるのか」
「当たり前です。恭弥さん、ここのところ思い詰めてるようだから……できれば言ってほしいって思ってましたよ」
「栞……」
涙目になる私を引き寄せ、恭弥さんはそのまま腕の中で抱きしめた。
久しぶりの彼の温もりに、さらに涙が溢れてくる。
「……ごめん……君を泣かせるなんて最低だな」
並んで座ったソファで、恭弥さんは静かにそう言った。
「実は、母のことで……栞とこのまま続けていいのか分からなくなっていた。俺は抱えているものが重すぎる」
「……何があったのか……話してくださいますか?」
「ああ、腹はくくれた。もう怖いものはない」
恭弥さんは覚悟を決めたように、あの日、病院でお母様から聞いた話を語り出した。
その内容は私でも驚くようなものだった。
東京に戻った日、恭弥さんはずっと考え込んで言葉を発しなかった。
体調が悪いとか、そういうことではないらしい。
でも、顔色は悪く、食欲もない様子に心配が募る。
(お母様と病院で話した内容に何か深刻なことがあったのかな)
体調が悪いのでないとすると、思い当たることといったらそれしかない。
お母様の病状的にはあまり良くなく、旅館の仕事は今後厳しいかもしれないとしか聞いていない。
だから佳苗さんに仕事を譲ったということなんだろうけれど。
ご両親の経緯を考えると、大切に守ってきた旅館をあの人に譲るという選択をするだろうか。
(わからない)
「明日は、どこかに出かけましょうか」
外でゆっくり話が聞ければと思ってそう声をかけたのだけれど、彼は首を振った。
「悪いけど、そういう気分じゃない。ちょっと一人にしておいてくれるかな」
沈んだ声に、不安な気持ちが強くなる。
(どうしてあげたらいいんだろう)
無理やり心の中を聞き出すわけにもいかず、私なりに何かできないかと考える。
とりあえず食事はちゃんとして欲しいと思い、食欲がなくても摂取できるような栄養たっぷりのスープを作った。
次の日の朝。
相変わらず深刻そうな恭弥さんに、スープを差し出した。
「食欲がなくても、せめてこれは飲んでください」
「ありがとう」
彼は湯気の立つマグカップを眺め、力無い表情で微笑んだ。
「心配しなくていい。会社が始まるまでには元気になるから」
彼はそう告げて、私の髪をくしゃっと撫でた。
(会社が始まるまで……この調子なのかな)
そう思っていたその日の夜、恭弥さんはふらっと出かけたまま朝まで帰ってこなかった。
*
「恭弥さん」
ついに痺れを切らした私は、リビングのソファで眠っている恭弥さんを起こした。
「恭弥さん、起きてください」
「ん、あ……栞」
目を開けると、私の真剣な調子に、恭弥さんは驚いた表情で私を見る。
とたん、目頭が熱くなって涙ぐみそうになった。
「どうして昨日帰ってこなかったんですか?」
「……ちょっと考え事があって」
「何も言わないで帰らないなんて! 目眩で倒れたのかなとか、事故があったのかな、とか思って眠れなかったですよ!」
私の憤りの言葉を聞いた恭弥さんは、ソファから起き上がって座り直した。
「そんな普通の心配してくれるんだ」
「……普通のって?」
「外で浮気してるかも、とか思わなかった?」
(浮気!?)
「それは……思いつきもしませんでした」
(そうか。そういう可能性もあったのかな……正直、事故とか体調が心配でそればっかり気になってた)
私の心の内を知り、恭弥さんは少しホッとした表情で口元を緩めた。
「こんな俺でも、栞は想ってくれるのか」
「当たり前です。恭弥さん、ここのところ思い詰めてるようだから……できれば言ってほしいって思ってましたよ」
「栞……」
涙目になる私を引き寄せ、恭弥さんはそのまま腕の中で抱きしめた。
久しぶりの彼の温もりに、さらに涙が溢れてくる。
「……ごめん……君を泣かせるなんて最低だな」
並んで座ったソファで、恭弥さんは静かにそう言った。
「実は、母のことで……栞とこのまま続けていいのか分からなくなっていた。俺は抱えているものが重すぎる」
「……何があったのか……話してくださいますか?」
「ああ、腹はくくれた。もう怖いものはない」
恭弥さんは覚悟を決めたように、あの日、病院でお母様から聞いた話を語り出した。
その内容は私でも驚くようなものだった。