あなたの隣を独り占めしたい(続編まで完結)
(SIDE 栞)

 恭弥さんが全てを話してくれたあと、私はどう声をかけてあげたらいいのかわからなくなった。
 ご両親のことではずっと悩んできた彼に、そんな重い事情をお母様が語ったなんて。

(ご病気で気持ちが弱ってらしたのかな)

 そうは思うけれど、聞かされた恭弥さんの気持ちを思うと胸が痛い。

「恭弥さん」

 私は彼の手をぎゅっと握って、心を込めていう。

「そんな辛い気持ち……気づいてあげられなくて、ごめんなさい」
(お見舞いに行ったのに、そんな思いをしなくちゃいけなかったなんて)

 握った手を握り返し、恭弥さんは久しぶりに自然な笑顔を見せた。

「何言ってんの。俺が黙ってたんだから、当たり前だ」
「でも……どうしてそれで私との関係までダメになるなんて……」

 話してくれたからいいけれど、もしこのまま別れということになっていたら。
 私はどうなっていたんだろう。

(気持ちのいい話ではなかったけれど、聞いてよかった)

 ホッとしていると、恭弥さんは私の手を握ったままポツリとつぶやいた。

「知っての通り、俺の体には浮気症の親父の血が流れてる。若い頃からまともな恋愛関係も築けない人間だったのは、その証だった」

 淡々と告げる彼の心の中は、長年蓄積してきた自分への嫌悪だった。

「しかも今回、母にも人間としての欠陥がわかった。佳苗さんばかりに悪意を向けてきたけど、どっちもどっちっていうか……俺の周りは低俗な人間ばかりだったってことだよ」
「……」
「俺は感覚的に知っていたんだと思う。生まれ育った家には、温かい環境がなかった。優しくしてくれるスタッフがいたからなんとか生きてこれたが、自分が栞を愛する権利なんてあるのか……改めてわからなくなった」

 絶望的な目をしてそこまで言うと、彼は私を見つめて短く言った。

「君をいずれ傷つけるんじゃないかと思うと、すごく怖いよ」
「恭弥さん……」

 小さい頃、自分が何をしたらよかったのか。
 どうして自分は温かい愛情に恵まれなかったのか。
 そんな悲しみと、何もできなかったという無力感が私の胸を締め付けた。

「子どもは環境を選べないんです。聞いた環境では、恭弥さんが傷つくのは当然だと思います。だから、今から一緒に傷をしっかり癒していけばいいんですよ」
「はは、やっぱり栞は計り知れない情があるな」

 恭弥さんは力無く笑い、私の指をゆっくりさすった。

「自分のことはさておき、君のそういうところは今も心配だ」
「心配?」
「こんな情深い女性だと分かったら、利用したい男は付け込むだろうから」
「だったら恭弥さんが隣にいて私を守ってください」

 会社では常に自信たっぷりの佐伯課長。
 余裕のある大人なムードが人気で、女性の心を常に惹きつける人だ。
 私だって、彼の色気ある大人ムードには惹かれていたし、今もそこは大好きなところだ。

 でも、家庭に事情があったって、彼の心に傷があったって。
 それは彼自身の良さとは関係のないことだ。
 もし恭弥さんに本当に愛情がないなら、私を傷つけることを恐れたりはしないはずだ。

「私、恭弥さんと一緒にいたいです。あなたの隣で、その傷が癒えるまで付き合います」
「いつ癒えるかわからないよ」
「なら一生をかけます」

 力強くそう言って頷いてみせると、彼は驚いて目を見張る。

「一生? 栞の人生だよ?」
「私の人生ですけど、恭弥さんと一緒がいいんです。だから……ずっと一緒にいます」
「……俺の過去を全部知ったっていうのに」
「“過去“は“今“を変えることで書き換えていけるって何かで聞きました。私は……今の恭弥さんを心から愛してるんです。だから大丈夫です」

 全部承諾してのお付き合いだ。
 どんな過去があったって、どんな家庭の事情があったって、今の恭弥さんが私を選んでくれるなら、私は彼を信じていくだけだ。

(自分でもびっくりだけど。私、こんなにも恭弥さんを好きになってたんだな)

「──っ、栞!」

 全身で私を抱きしめると、そのままソファに押し倒される。
 そして額から鼻筋を通って、唇へのキスが落とされた。

「あ……」

 首筋へ唇が伝ってきた時、ヒヤリと濡れる感覚になる。

 涙だった。

 恭弥さんの混乱した気持ちを鎮め、洗うように、彼は静かに泣いていた。

(この人を癒したい、求められたい……ずっと一緒にいたい)
「好き……」

 胸が熱くなり、私は自ら彼の背中に両腕を回した。
 隙間なく密着して抱きしめ合うと、私たちは離れている感覚を忘れるまでキスを繰り返した。

 それは切なくて甘くて……愛おしいキスだった。
 
「……栞、やっぱり俺には君しかいない。愛してる……一生側にいて欲しい」
 
 熱い呼吸と共に、恭弥さんから静かに愛を告げられる。
 私は彼の目尻から涙を拭い、その申し出にそっと頷く。

「なら、もう離れるなんて言わないでください」
「ああ……必ず君を幸せにする。それが俺が唯一幸せになれる道のような気がする」
「嬉しい」

 お互いの心を通わせ合うと、自然にあたたかな空気が私たちを包み込んだ。

(こんなふうに心を打ち明けられる関係なら、きっと大丈夫)
「愛してます、恭弥さん」

 恭弥さんは優しく目を細めると、再び私の唇を深く奪った──

END
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