極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
「えっ……は、ハウスキーパーですか?」
「そんなに難しく考える必要はない。平日の夕方、君の分の夕食を作るついでに、俺の分も作ってくれるだけでいいんだ。給与は……流石に今と同じ金額は出せないが、不自由はさせないと思う。それから、食材の代金は給与とは別に全てこちらが出そう」
「そ、んな……それでは、社長が損をされるだけです。プロでもないのに、料理だけでお給料と食費まで出していただくなんて……」
「そうだな、欲を言えば料理だけじゃなく、簡単な掃除なんかもしてもらえると嬉しいが……そういう言い方をするのは、前向きに考えてくれているということか?」
「えっ、いや、その……」
 言い方からして、城阪社長が求めているのは、専門的な技術や知識が必要なきちんとしたハウスキーパーではなく、家事の延長程度のものなのだろう。妊娠していたってどうせ料理や掃除は自分でするのだ。それが二人分になるだけなら、忙しく飛び回る社長に秘書として付き従うよりは、身体に負担はかからないだろう。人前に出ることだってなくて、私が彼に伝えた『辞める理由』には引っかからない。実際お金が必要なのも事実だし、彼の提案は痛いぐらいに正しく、私にとってこれ以上ないほどの好条件だ。
 『万が一にも父親がばれないように、城阪社長の傍から離れる』という、一番の目標が達成されないことになってしまうというのに、――――この提案を上手く断る術が思い付かない。
「……体調面で、かなりご迷惑をおかけしてしまうと思います」
「構わない。毎日でなくとも、君の好きなタイミングで来てくれ」
「ですが……」
「言っただろう。君を手放すのは惜しいと」
 ――――いつでも復帰してもらえるように、秘書の席もそのまま開けておく。
 そんな言葉で苦し紛れのネガティブキャンペーンすら封じられてしまえば、もうぐうの音さえも出てこなかった。
 その後もなんとかして諦めてもらおうと悪足掻きをしてみたものの、惚れた人を相手にいつまでも断り続けるなんてこともできず、最終的に押し切られるかたちで城阪社長のハウスキーパーに就任してしまったのだった。
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