極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
 動転した心臓がひっくり返るような感覚。熱された血液が瞬く間に全身に回って、かあっと頬が赤色に染まってしまう。だって、こんなのずるい。そんな顔、この四年間で一度だって見せたことなかったじゃないですか。
 台詞も相まっての破壊力にくらくらする私を、城阪社長が首を傾げながら覗き込む。その唇にはまだ先ほどの笑みの残滓が滲んでいて、瀕死の私の心臓をさらに騒がせた。
「……おかえり、って言ってくれないのか?」
「っ、お……おかえり、なさい……」
「ああ、ただいま」
 きゅう、と彼の目が細められるのに合わせて、胸の辺りが締め付けられる。『社長』としての彼とは全然違う、気の抜けたような甘さの目立つ表情と声音は、私にとっては確実に毒だった。だって、そんなふうに優しい声音で『ただいま』なんて言われたら、ハウスキーパーとしてではなく、まるで他の理由で彼の家にいるような気がしてきてしまうから。
 ――――でも、きっと深い意味なんてない。お疲れで帰ってきて、少し気が緩んだだけだろう。
 色惚けしそうになる思考を深呼吸で切り替えて、私は城阪社長から一歩分の距離を取る。挙動不審な動きを気にも留めず、彼は視線をダイニングテーブルのほうへと滑らせた。
「夕食、早速作ってくれたのか。ありがとう」
「は、はい。大したものではないのですが……」
 私はほんの少しの緊張と不安に包まれながら、作った料理を簡単に説明する。最初こそ覚束ない説明だったものの、城阪社長が頷きながら聞いてくれたおかげで、渦巻く不安も徐々に溶けていった。
 どうやら『力の入りすぎていない料理』というチョイスは正解だったらしく、城阪社長が「美味そうだな」と呟くのが聞こえてくすぐったくなる。
「こちらで量も足りそうですか? もし足りなそうであれば、今から追加で何か作ります」
「いや、これで充分だ。……だが、君の分はどうしたんだ?」
「私の分ですか? タッパーに詰めましたけど……」
 焼く前のグラタンを少しと、サラダを半分ほど。ミネストローネだけは自前のスープボトルに移し替えてある。特に変でもないと思うけれど、どうしてこんなこと聞くんだろう。
 首を傾げた私に、城阪社長がぱちりと目を瞬いた。
「一緒に食べないのか」
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