極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
「えっ、一緒にですか?」
「俺はそのつもりだったんだが……ほら、一人で食べるのも味気ないだろう。それに、君の『勤務時間』はあと四十分ほどあるはずだ」
「あ、そういえば……」
 確かに、リビングの壁にかけられた時計は二十時少し前を指している。四十分もあれば、今からグラタンを焼いて食べるぐらいことはできるだろう。
「よければ、俺と一緒に食べてくれ。嫌だというのなら無理には誘わないが」
「いえ……城阪社長が良いのなら、ぜひ」
「決まりだな」
 ふっと口角を上げた城阪社長が「先に手を洗ってくる」とジャケットを脱いで、洗面所のほうへ引き返していく。私はその背中を見送って、知らず知らずのうちに詰めていた息を吐いた。嬉しい、なんて思ってしまう現金な心が、ちょっぴり恨めしい。
 あの一夜のこととか、お腹の子の素性とか、そういうものを隠し通そうと思うのなら、一緒にご飯なんて食べないで距離を置いたほうがいいに決まってる。仕事を辞めてまで彼から離れようとしていたときの想いは、未だに私の中に息づいているのだ。
 それでも、いざこうして誘われると断れないのは、――――やっぱり城阪社長のことが好きだからで、理性や建前とは別の場所で、彼の傍にいることを望んでいるからなのだろう。
「はあ……」
 ほんとうに、どうしようもない。
 私は溜息交じりに自分の分のグラタンも焼き終えると、いつの間にかリビングに戻ってきていた城阪社長の正面に腰かけ、一緒に手を合わせた。
「じゃあ、いただきます」
「どうぞ召し上がれ。……私も、いただきます」
 長くて骨ばった指が器用にフォークを操って、お行儀よくグラタンを掬い上げる。そのフォークが彼の口へと運ばれるのを、私は固唾を飲んで見つめた。
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