極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
「……思った通り、美味いな」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。……ほっとする味だ」
 ほろりと綻ぶように微笑んだ城阪社長に、また胸の奥が甘ったるい音を立てる。こうやって社長と対面でご飯を食べたことは何度もあるけれど、そのときとは明らかに彼の醸し出す雰囲気や空気感が違っていた。
 緩んでいるというか、蕩けるように柔らかいというか、――――先ほどの『おかえり』と同じ温さを持った空気が、城阪社長の表情や言葉から溢れ出しているような気がして。
 そして、その空気に背中を押されるようにして、私は思わず口を開いていた。
「……今日、何を作ろうかすごく迷ったんです。外していないのなら良かった」
「俺の望みを察することに関して、君の右に出るものはいないと思うけどな。……いつも助けられていた」
「いえ、全然そんなことないです。社長が何をお好きなのか、全然分からなくて……」
「俺か? 特に好き嫌いはないんだが……強いて言うなら和食だな。君の作った和食が食べてみたい」
 きっと、美味いんだろうなと思うから。
 殺し文句を紡いだ唇が、また一口グラタンを飲み込む。男らしい喉仏が緩やかに上下するのに見惚れながら、私は自分の和食のレパートリーを思い返していた。
 和食と呼べるものの中で、一番得意なのは親子丼だ。昔、『本当の母親』が作ってくれたのを思い出しながら練習した、私の十八番。家を出る直前まで、父もあの料理だけは文句を言わずに食べてくれた。
 明日、作ってみようかな。お味噌汁はなめことオクラにして、付け合わせに漬物かお浸しでも作って、――――
「あと、さっきから気になってたんだが……『社長』という呼び方はどうにかならないか? 家でそう呼ばれると、妙な感じがしてな」
「え、」
 ぱちん、と泡が弾けるように、私の脳裏に描かれていた献立が霧散する。投げかけられた言葉を上手く飲み込めないでいる私に、彼は微笑みながら言葉を続けた。
「それに、距離を感じるだろう。よければ景光と呼んでくれ」
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