極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
「どうした、体調が悪いのか。気持ち悪いか?」
「……っ、う」
「分かった。……トイレに行こうな。大丈夫だから、大丈夫、大丈夫……」
 あやすような優しい声音に励まされながら、ゆっくりと身体を持ち上げられる。最低限の揺れで抱え上げられ、景光さんの腕の中にいることを理解するよりも先に、トイレの床へと優しく下ろされた。
 後ろから抱きしめるように景光さんが寄り添ってくれて、温かな身体からじわじわと熱が伝わってくる。私は何とか手振りで出ていってほしい旨を伝えたものの、彼は真剣な顔で首を横へと振ってみせた。
「何かあったらどうするんだ」
「だい、じょうぶ、ですから……っ」
「駄目だ。こんなに辛そうな君を独りにはできない」
 吐くところなんて見られたくないのに、そう言われてしまうと心の針が真逆の方向に振れる。背中を優しく擦ってくれる手の温かさも、彼のシャツから感じる落ち着く香りも、励ましてくれる彼の声音も、何もかもが手放しがたくて、縋っていたくなってしまうのだ。
 私は冷や汗にまみれた顔をそっと持ち上げる。ぼやける視界の中で、景光さんが蕩けるように微笑んでいるのだけが、いやに鮮明に見えた。
「俺は、……紗世を独りにしたりなんてしないから」
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