極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
 私が自分の中の不快感と決着をつけられたのは、結局それから二十分ほどが経ってからだった。
 ソファーにぐったりと倒れ込む私を、隣に腰かけた景光さんがブランケットで包んで、労わるかのように優しく撫でてくれる。冷たくなった足先を揉むようにされると、ほんの少し身体が温かくなるような気がした。
「よく頑張ったな」
「ごめんなさい、こんな……汚い……」
「大丈夫だ。いつも通り可愛い」
「……、え」
 決着がついたとはいえ未だに胸のむかつきは残っているし、体力を消耗したせいで思考も鈍っている。彼から向けられた言葉を取りこぼしかけて、私はぽかんとそのかんばせを見上げた。
「かわいい……?」
「ん? かわいいよ。……な、ほら、ちゃんと息を吸ってくれ。水ももっと飲んだほうがいい」
 至極当たり前のことを言うように笑った景光さんが、私の口にペットボトルあてがう。そのまま丁寧に水を流し込まれて、私はされるがままにそれを飲み込んでいく。頭に浮かんでいたはずの疑問符が、一緒くたに喉の奥へ消えていくのが分かった。
「そう……いい子だ」
 水を飲み干した私を、景光さんが撫でてくれる。よしよし、という副音声が聞こえてきそうなほどに、彼の声も手つきもどろりと甘い。その甘さは疲弊した身体にすんなりと染み込んで、脳味噌までも蕩していくかのようだった。
 今だけは、何も考えなくていいか、――――深く息をついてソファーに身を沈めれば、景光さんの手は私の髪を梳くように動き始める。地肌を爪の先で撫でられるのが心地よくて、私は思わず愛玩される猫のように目を細めてしまう。
「今日は何か食べられそうか? 一応、そろそろかと思ってゼリーや果物は買っておいたんだが……」
「あれ、私のために買ってくださったんですか……?」
「ああ。紗世がどういうタイプのつわりになるかは分からなかったから、本当に一応な」
「っ……」
 確かに、二日前ぐらいから冷蔵庫にはいくつか果物やゼリーが放り込まれていた。景光さんが自分で買ったのかな、珍しいな、くらいに考えていたのだけれど、まさか私の分だったなんて。
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