極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
「でも……」
 景光さんは、内側に入れた人への助力を惜しまない人だ。ただ一方的に甘やかすわけじゃなく、力を発揮する場を整えたり、純粋に手を貸したりと、本当に『助力』という手法を取ることが多い。
 でも、今の私に向けられている優しさは、私を甘やかし、根っこから蕩かすようなものだった。まるで麻薬のような、――――彼なしではいられなくなるような、心の隙間に入り込んでくる優しさ。
 景光さんにそんな意図はなくて、単純に私を心配してくれているのだろう。だからこれはきっと、私が勝手にのめり込んで、戻れないところまで落ちていこうとしているだけ。
「……確かに、紗世の料理が食べられないのは辛いけどな。料理は二の次なんだ。俺にとっては、君を繋ぎ止めることのほうが重要なんだよ」
 私が頷くのを躊躇っていると、ややあって景光さんがどこか厳かに囁いた。ブランケットの内側から彼を見上げれば、髪と同じ色合いの瞳がこちらを真っ直ぐに捉える。その光を見た瞬間、私は自然と言葉を漏らしていた。
「なんで……」
 頑是ない子どものような、拙い響きの言葉に景光さんが首を傾げる。くしゃくしゃにした髪を梳くような手つきで、優しく頭が撫でられて。
「ずっと、分からないんです。貴方はどうして、ここまでしてくれるんですか……」
「何でだと思う?」
 逆光で陰る景光さんのかんばせが、一瞬切なさを滲ませる。彼の手が緩やかに伝い下りて、私が手を添えていたお腹へと触れた。まだ膨らんでいない、それでも内側に新しい命を内包する場所に、景光さんの体温がじんわりと移っていく。
「……今はまだ、分からなくていい」
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