極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
「そういえば、この時期は何をしたほうがいいとか、何を食べたほうがいいとかってありますか?」
「うーん……そうですね、つわりが収まると食欲が増すので、その心構えをするといいかもしれません。急にたくさん食べると身体に悪いので気を付けてくださいね」
「食欲が……気を付けます……」
 私は元々食べるのが好きなほうだ。好きなものを思うように食べられない今、多少なりとストレスが溜まっている自覚はある。気をつけないとあっという間に食べ過ぎて、健康バランスを崩してしまうだろう。
 本当に気を付けよう……と心に刻んでいると、にこにこしていた先生が、さらに笑みを深めるのが分かった。
「麻田さん、最近は診察とかご自身の身体のことに積極的ですよね。とってもいいことだと思います! 何か心境の変化があったんですか?」
「……そう、ですね。心境の変化というか……」
 つわりが始まった日から『妊娠していること』に対して自覚的になった、――――という部分もあるけれど、一番の理由は景光さんの過保護っぷりだった。
 いつの間にか私専用の温かいスリッパを用意してくれていたり、つわりのときでも食べやすい食材を常に冷蔵庫にストックしてくれていたり、体調を崩すと収まるまで傍についてくれていたり。彼の家にいる間、ハウスキーパーのはずの私のほうがずっと彼にお世話されている状態なのだ。
 私自身よりもずっと私の身体を大切にしてくれる景光さんの存在が、私の意識に変化を与えてくれたのは間違いない。
 大切にされているのだと思うと、自分でも自分を大切にしようと思えるようになっていく、――――この子のためにも健康で、健全でいなければという意識が芽生えたのは、景光さんのおかげだ。
 『この子の父親は貴方なんです』と伝えることはできないけれど、こういう形でも彼がこの子を想ってくれることは、私にとってこれ以上ないほどの幸福だった。
「ふふ、言わなくても大丈夫ですよ。何にせよ、麻田さんが出産に前向きになれているのなら私も嬉しいです。これからもサポートしますから、一緒に頑張りましょう」
「はい、よろしくお願いします」
 今日はありがとうございました、と挨拶をして診察室を後にする。ドアを閉める直前に、先生が「午後から天気が急変するらしいので、気をつけてくださいね」と微笑んだのが見えた。
 そして、彼女のその言葉を思い出したのは、それから八時間ほどが経った頃、――――景光さんが頭から爪先までびしょ濡れで帰宅したタイミングだった。
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