極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
「……はい。失礼しますね」
私と城阪社長の身長差は二十センチ以上。ヒールのある靴を履いていても、ネクタイの結び目をしっかりと確認するためには少しの背伸びが必要だった。彼に近付くと、清涼感の中に微かな男くささのある絶妙な香りが鼻をくすぐる。城阪社長が愛用している香水だと気付いて、どきりと心臓が跳ねた。よくよく考えれば、この体勢ってちょっと近すぎるかもしれない。
じわじわと頬へ熱が集まっていくのを感じながら、私はその熱が表層に現れないようにと祈った。しゅるりとシルクが擦れる音も、周囲のざわめきも、どこか遠くに聞こえる。聞こえるのは城阪社長の密やかな呼吸音と、うるさく鳴り立てる自分の心臓の音だけ。
「君にこうされるのは、いささか照れるな」
「そ、そうでしょうか……そうは見えないのですが」
むしろ照れているのは私だ。
視線を彷徨わせながら答えた私に、城阪社長が今度は口元を緩める。甘さの滲んだ笑みを至近距離で浴びてしまって、鼓動が一際大きく跳ね上がるのが分かった。ただ微笑まれただけだというのに、こんなにもどきどきしてしまうのは単に彼が男性だからとか、私が男性に慣れていないからとか、そういうことではなくて、――――私の『叶わない初恋』の相手が、この城阪社長だからだ。
「そう見えるなら、俺のポーカーフェイスもなかなかだな」
余裕たっぷりに軽口を叩く様はやっぱり照れているようには見えなくて、私は「そうですね」なんて言いながら、ついつい笑ってしまう。
城阪社長は実直で生真面目なタイプに見えて、意外とこういう冗談も言う。私は彼のこういうところにも弱く、この会社に転職してきてしばらくした頃に、社長室で大笑いしてしまった記憶がある。あのときは、城阪社長が真面目くさった顔で冗談を言うのが、妙にツボに入ってしまったんだっけ。
思い出を掘り返しながら、整えたばかりのネクタイから手を放して、私は城阪社長から一歩分の距離を取った。
この恋は叶わない、――――そう断定した理由は色々あるけれど、最たるものは『私自身が叶えようとしていない』からだろう。
だってこんな完璧な人、私が釣り合うはずがないんだもの。
家柄も社長という肩書も、高潔な性根や華々しい容姿も、何もかもが私とは違う。こうして社長秘書という役目を貰っているからこそ話せるのであって、住む世界から違う人なのだ。
それに、彼には相応しい相手が既にいる。このパーティーのパートナー役だって、仕事が立て込まなければその『相応しい相手』である恵美子さんが務めるはずだったのに。
「……」
「……麻田? どうかしたか」
「あ……」
城阪社長の声にはっと我に返ると、いつの間にか私と彼の距離は十歩分ほどに開いてしまっていた。その肩の向こうには、ざわめきと眩いほどの光に満ちたパーティー会場が広がっているのが見える。
「申し訳ありません、考え事をしていました」
「君でもぼんやりするなんてことがあるんだな」
揶揄の混じった甘い声音が、また耳をくすぐる。少し恥ずかしくなってしまって、私は視線を逸らしながら急いで彼の隣に並んだ。俯いた視界の中に、大きな手のひらが差し出されて。
「お手をどうぞ」
「……はい」
まるで、王子様みたいだ。
私の王子様では、ないのだろうけれど。
私と城阪社長の身長差は二十センチ以上。ヒールのある靴を履いていても、ネクタイの結び目をしっかりと確認するためには少しの背伸びが必要だった。彼に近付くと、清涼感の中に微かな男くささのある絶妙な香りが鼻をくすぐる。城阪社長が愛用している香水だと気付いて、どきりと心臓が跳ねた。よくよく考えれば、この体勢ってちょっと近すぎるかもしれない。
じわじわと頬へ熱が集まっていくのを感じながら、私はその熱が表層に現れないようにと祈った。しゅるりとシルクが擦れる音も、周囲のざわめきも、どこか遠くに聞こえる。聞こえるのは城阪社長の密やかな呼吸音と、うるさく鳴り立てる自分の心臓の音だけ。
「君にこうされるのは、いささか照れるな」
「そ、そうでしょうか……そうは見えないのですが」
むしろ照れているのは私だ。
視線を彷徨わせながら答えた私に、城阪社長が今度は口元を緩める。甘さの滲んだ笑みを至近距離で浴びてしまって、鼓動が一際大きく跳ね上がるのが分かった。ただ微笑まれただけだというのに、こんなにもどきどきしてしまうのは単に彼が男性だからとか、私が男性に慣れていないからとか、そういうことではなくて、――――私の『叶わない初恋』の相手が、この城阪社長だからだ。
「そう見えるなら、俺のポーカーフェイスもなかなかだな」
余裕たっぷりに軽口を叩く様はやっぱり照れているようには見えなくて、私は「そうですね」なんて言いながら、ついつい笑ってしまう。
城阪社長は実直で生真面目なタイプに見えて、意外とこういう冗談も言う。私は彼のこういうところにも弱く、この会社に転職してきてしばらくした頃に、社長室で大笑いしてしまった記憶がある。あのときは、城阪社長が真面目くさった顔で冗談を言うのが、妙にツボに入ってしまったんだっけ。
思い出を掘り返しながら、整えたばかりのネクタイから手を放して、私は城阪社長から一歩分の距離を取った。
この恋は叶わない、――――そう断定した理由は色々あるけれど、最たるものは『私自身が叶えようとしていない』からだろう。
だってこんな完璧な人、私が釣り合うはずがないんだもの。
家柄も社長という肩書も、高潔な性根や華々しい容姿も、何もかもが私とは違う。こうして社長秘書という役目を貰っているからこそ話せるのであって、住む世界から違う人なのだ。
それに、彼には相応しい相手が既にいる。このパーティーのパートナー役だって、仕事が立て込まなければその『相応しい相手』である恵美子さんが務めるはずだったのに。
「……」
「……麻田? どうかしたか」
「あ……」
城阪社長の声にはっと我に返ると、いつの間にか私と彼の距離は十歩分ほどに開いてしまっていた。その肩の向こうには、ざわめきと眩いほどの光に満ちたパーティー会場が広がっているのが見える。
「申し訳ありません、考え事をしていました」
「君でもぼんやりするなんてことがあるんだな」
揶揄の混じった甘い声音が、また耳をくすぐる。少し恥ずかしくなってしまって、私は視線を逸らしながら急いで彼の隣に並んだ。俯いた視界の中に、大きな手のひらが差し出されて。
「お手をどうぞ」
「……はい」
まるで、王子様みたいだ。
私の王子様では、ないのだろうけれど。