極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
「……今日も元気か?」
「はい。たまに動いてるのが分かります」
 私を驚かせないようにか、ひどく緩慢な動作で彼の手が伸びてくる。ゆったりとした寝間着の上から、温かい手のひらが優しく押し当てられて。
「そうか。……あまりはしゃいで、お母さんを困らせるなよ」
 柔らかい声音が、ひどく優しい言葉を紡ぐ。言葉に乗せられた温かな思いや愛情が、そのままお腹の中へと伝わってくるかのようだった。微笑みながら膨らんだお腹に話しかける彼の姿は、まるで、――――父親のようで。
「この子は、俺のことを何だと思ってるんだろうな」
「え……」
「よく話しかけてるから、父親だと勘違いしてくれているかもしれない」
「っ、……!」
 まさに今考えていた通りのことを言われて、心臓がどきりと跳ね上がる。いいとも悪いとも言えない、ちょうどその間を取った音が胸の奥で鳴って、止まらない。
 ――――勘違いじゃない。本当は貴方がこの子の父親なんです。
 そう言ってしまいたい衝動を必死で押さえ込んで、私はきつく目を瞑った。それは駄目だ。それを言ってしまったら、きっと後悔する。
 幸いにも、このオレンジ色の明かりの中では私の表情までは読めなかったようで、景光さんはすぐに話を切り替えてくれた。
「そういえば、性別は分かったのか?」
「それが、まだで……タイミングが悪いみたいです」
 声が震えないように気を付けながら、私はそっと瞼を開いた。
 この時期の赤ちゃんは羊水の中でぐるぐると回っていて、上手くタイミングが合えばエコーを見たときに外見で性別が分かるのだという。この子の場合は、そのエコーを見るタイミングが悪いのか、なかなか性別が分かるアングルになってくれないのだ。
 私の説明を聞いた景光さんは、納得したように頷きながら小さく笑った。
「焦らし上手だな」
「本当に」
 優しい笑い声につられて、私もくすりと笑みを零す。同じベッドに横たわり、触れられる距離で密やかに笑い合う私たちは、この子からどんな風に見えているのだろう。
 今この時だけでも父と母のように見えたなら、どんなにいいだろうと思った。
< 50 / 76 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop