極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
 そして、その翌朝。アラームが始まる二分前に目を覚ました私は、隣で眠る景光さんの寝顔を眺めながら、あまり音を立てないように身支度をしていた。
 住み込みを始めてからこっち、こうして彼より早く起きて寝顔を眺めるのが、私のささやかな楽しみの一つだ。
 景光さんは無表情か、少し難しい顔をしていることが多いので、目元に力が入っていない寝顔などはいつもより少しあどけなく、穏やかに見える。普段ならきっちりと引き結ばれているはずの唇も開き、細く優しい寝息を零していた。
「……かわいい」
 目元にかかってしまっている前髪をそっと払い、私はくすりと唇の端を持ち上げる。手を離すときに泣きぼくろを掠めてしまったせいか、景光さんがむずかるように顔の向きを変えた。
「あ、」
 見えなくなっちゃった。
 こうなってしまっては仕方がないので、今日の鑑賞タイムはおしまいだ。ちょっぴり残念に思いながらも、私は諦めて寝室を後にした。わざわざ早起きしたのは何も寝顔のためというわけではなく、彼の朝食を作るためだ。
 いつもならお弁当も作るのだけれど、今日の昼は社外の人と会食の予定があるらしく、お弁当は必要ないとのことだった。
 その分朝食を豪華にしようかな、なんて考えながらキッチンに向かう。
 このときの私は、いつもと代わり映えのしないこの日がどんな風に終わりを迎えるかなんて、――――知る由もなかった。
「あれ、これって……」
 私がそれに気付いたのは、そろそろ自分の分の昼食を用意しようかと思い立ったタイミングだった。ダイニングの椅子の上に、茶封筒が無造作に置かれている。
 茶封筒は確か、昨日景光さんが持って帰ってきた仕事の書類のはずだ。きっちり時間内に仕事を終わらせることを信条にしている彼にしては珍しく、『どうしても明日までに確認しないといけないから』と言っていたのを覚えている。それがこんなところに転がっているのは、たぶん、――――いや、絶対まずい気がする。
 秘書をしていたからこそ分かるのだ。この書類は恐らく、今日の仕事で必要なのだろう。
 私はちらりと時計を確認してから茶封筒を手に取る。今から行けば、午後の始業までには景光さんに渡せるだろう。ずっしりと重いそれを鞄に入れて、私は久しぶりに会社へと向かった。
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