極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
 思えば俺は、その時点で彼女に惹かれていたのかもしれない。仕事に実直であるところも、あまり器用ではなく堅実に物事を進めるところも好ましく思っていたし、秘書として支えてもらうことに言いようのない充足感を覚えていたのも確かだ。
 そんな麻田への恋が決定的になったのは、ずっと焦がれていた笑顔を見た瞬間だった。
 確か、俺がしょうもない冗談だか軽口だかを言ったときだ。二人きりの社長室で呟いた言葉に、麻田は肩を震わせて愛らしく笑っていて、――――それがあんまりにも眩いのに、一度見ただけは物足りなくて。
 もっと見たい。もっと近くで、俺だけに笑顔を向けてほしい。
 自分の中に芽吹き、花を咲かせたその感情に気付いてしまえば、あとは認めるだけだった。
「城阪さん、こちらをどうぞ」
「ああ、ありがとうございます」
 近くにいた女性が、俺に新しいグラスを差し出して微笑む。濃厚なワインの香りが鼻先をくすぐって、俺は薄く形作った笑顔の下で思わず眉根を寄せた。
 こういう重いワインはあまり得意ではない。それに、先ほどから代わる代わるにグラスを差し出されて休む暇がないというか、――――もしかしてこれは潰されそうになっているのか?
「は……」
 よりによって、麻田と来ているときに。最悪だ。
 内心で悪態をついてみても、俺にグラスを渡してくる女性が減るわけでもない。仕事の話をしている以上この場から逃げることもできず、結局俺はいつもの倍以上の酒を口にして、きりのいいところで逃げるように麻田の元へと向かったのだった。
「社長……?」
 壁際にいた麻田は、俺がそちらに向かっているのを見てとると、慌てたように皿をテーブルへと戻して口元を押さえる。その小動物めいた仕草があんまりにも可愛らしくて、ぐらりと頭が揺れるような感覚がした。
 彼女はどうしてこうも、俺の心をくすぐるのが上手いのだろう。アルコールに浸された脳味噌が『抱きしめたい』だの『口付けたい』だので埋め尽くされていくのを感じながら、俺は彼女の前で足を止めた。
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