極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
 彼は笑顔の一つも浮かべないまま女性たちを置き去りにすると、すたすたとこちらに歩いてくる。私は慌てて持っていたお皿をテーブルに戻し、唇になにがしかのソースが付いていないか確認した。
 好きな人に食いしん坊だと思われるのは、女としてちょっと辛い。
「……あさだ」
「はい、麻田ですが……社長、お話は良かったんですか?」
 彼は私の目の前でぴたりと足を止めると、じっとこちらを見下ろしてくる。その目にはいつもの澄んだ輝きがなく、どこか据わっているように見えて、――――ああ。
「……もしかして、お酒が過ぎましたか」
「ああ……情けないが、強い酒を延々と注がれてな。潰されるかと思った」
 は、と零れた吐息や語尾が甘く掠れて、微かに酒精の気配がした。いつもよりとろりとした瞳、いつもより緩みの大きな唇。ゆるゆるとした声音に誘われるようにして、私は一歩城阪社長のほうへと歩み寄ると、周囲に聞こえない程度の声で囁いた。
「このまま帰りましょう。これ以上この場にいると、本当に潰されてしまうと思います」
 あの女性たちは、城阪社長を酔い潰してあわよくば……などと考えているに違いない。それは彼の秘書としても、彼に恋する女としても、到底看過できるものではなかった。
「だろうな。……もしもの時のために、ここのホテルの部屋を一室取ってあるんだ。このまま帰るわけにはいかないから、今日はそこに泊まろうかと思う」
 私たちがいるのは、都内にある高級ホテルのレセプションホールだ。参加者の中には、城阪社長と同じように部屋を取っている人もいるのだろう。告げられた部屋番号は、このホテルの中でもかなりグレードの高い部屋のものだった。
「かしこまりました。……お部屋まで付き添っても?」
「むしろ有難い。風除けにして悪いが……」
 ちらりと窺うのは、背後の女性たちだ。彼女たちはまるで獲物を狙うハイエナのような目で、じっとこちらを見つめている。正直怖い。一応正規のパートナーである私がいれば、彼女たちもこんな公の場で無茶なことはしないと思うけれど。
 ひとまずこの場を急いで離れたほうがいい、と女の勘で悟った私は「失礼します」と断ってから彼の手首を掴み、足早に会場を出た。
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