極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
これはきっと一生醒めない夢
「はあ……重いねえ」
人通りもまばらな黄昏時の商店街を、エコバッグを片手に覚束ない足取りで進む。零した言葉の宛先は、今横を通り過ぎて行ったおばあさんでも、すれ違った男の人でもなく、お腹の中で元気に暴れ回る私の可愛い同居人だった。
景光さんの元から離れ、東京郊外にひっそりと移り住んで数ヶ月。お腹はかなり大きくなり、出産予定日もだいぶ近付いてきていた。身体のバランスはかなり取りづらくなり、買い物に出るのも一苦労をするようになっている。ただ、今までの貯金とハウスキーパーの収入を合わせて、安定した生活を送ることができているし、お腹の子の経過もすこぶる順調だ。
あの女性の先生がいる病院が遠くなってしまったので、こちらの産婦人科にかからなければならないとか、――――家にいても『彼』がいないということが、思っていたよりもずっと寂しいものだったとか、そういう類の辛いことは色々あったけれど。
「……いや、本当に重いかも」
今日はどうやら、ちょっと食材を買いすぎてしまったらしい。
エコバッグの持ち手が食い込んでくるのに眉をしかめながら、私は一度道の端に寄って一息ついた。地面に下ろしたエコバッグがかさりと音を立て、夕暮れ時の爽やかな風が頬を撫でる。
ここに来て私が手に入れたのは、どこまでも穏やかで波風の立たない毎日だった。何かにどきどきすることも、突然頬が熱くなることも、胸が締め付けられて逃げ出したくなることもない、平和で均一な日々。それを好ましく思う一方で、どうしようもなく物足りないと感じている自分がいるのも事実で。
それに、心を置き去りにして無理やり手放したからだろうか。失恋の傷は未だに癒えることなく、ついつい彼のことを、――――景光さんのことを考えてしまうのだ。今は何をしているだろうかとか、あんな出奔の仕方をして怒っていないだろうかとか、それとも私のことなんてもう忘れてしまっただろうか、とか。
「もう忘れたほうがいいって、分かってるのにね……」
ゆるゆるとお腹を撫でながら、瞼を下ろす。その裏に、最後に見た景光さんの笑顔を思い浮かべた瞬間、――――声がした。
人通りもまばらな黄昏時の商店街を、エコバッグを片手に覚束ない足取りで進む。零した言葉の宛先は、今横を通り過ぎて行ったおばあさんでも、すれ違った男の人でもなく、お腹の中で元気に暴れ回る私の可愛い同居人だった。
景光さんの元から離れ、東京郊外にひっそりと移り住んで数ヶ月。お腹はかなり大きくなり、出産予定日もだいぶ近付いてきていた。身体のバランスはかなり取りづらくなり、買い物に出るのも一苦労をするようになっている。ただ、今までの貯金とハウスキーパーの収入を合わせて、安定した生活を送ることができているし、お腹の子の経過もすこぶる順調だ。
あの女性の先生がいる病院が遠くなってしまったので、こちらの産婦人科にかからなければならないとか、――――家にいても『彼』がいないということが、思っていたよりもずっと寂しいものだったとか、そういう類の辛いことは色々あったけれど。
「……いや、本当に重いかも」
今日はどうやら、ちょっと食材を買いすぎてしまったらしい。
エコバッグの持ち手が食い込んでくるのに眉をしかめながら、私は一度道の端に寄って一息ついた。地面に下ろしたエコバッグがかさりと音を立て、夕暮れ時の爽やかな風が頬を撫でる。
ここに来て私が手に入れたのは、どこまでも穏やかで波風の立たない毎日だった。何かにどきどきすることも、突然頬が熱くなることも、胸が締め付けられて逃げ出したくなることもない、平和で均一な日々。それを好ましく思う一方で、どうしようもなく物足りないと感じている自分がいるのも事実で。
それに、心を置き去りにして無理やり手放したからだろうか。失恋の傷は未だに癒えることなく、ついつい彼のことを、――――景光さんのことを考えてしまうのだ。今は何をしているだろうかとか、あんな出奔の仕方をして怒っていないだろうかとか、それとも私のことなんてもう忘れてしまっただろうか、とか。
「もう忘れたほうがいいって、分かってるのにね……」
ゆるゆるとお腹を撫でながら、瞼を下ろす。その裏に、最後に見た景光さんの笑顔を思い浮かべた瞬間、――――声がした。