極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
「……紗世?」
「っ……」
幻聴かと、思った。
あの家を離れてから、頭の中で擦り切れるぐらいに再生した声が、私の名前を呼ぶ。そちらを振り向いたのはほとんど反射のようなもので、しまったと思うより、私の瞳が彼の姿を捉えるほうが先だった。
目を見開いてこちらを真っ直ぐに見据える、――――景光さんの姿を。
「紗世!」
彼の叫び声を合図に、弾かれるようにして足が動く。そのまま景光さんと反対方向に駆け出してしまったのは、頭で考えたわけではなく咄嗟の反応だった。合わせる顔がないと思ったのかもしれないし、切羽詰まったような彼の表情と声になにがしかを感じたのかもしれない。地面に置いたエコバッグのことも、膨らんだお腹や取りづらくなったバランスのことも忘れて、私は彼から逃げ出した。
ただ私は身重で、特に運動が得意というわけでもない普通の女だ。それが男性の脚力に敵うはずもなくて、――――
「ッ、待て……紗世! 止まれ!」
焦燥の滲んだ声が追いかけてきて、その数秒後にはもう私は彼の腕の中にいた。
温かく、逞しい腕の感触。耳元に感じる荒くざらついた呼気。背中に激しく脈打つ心臓の気配を感じて、私は思わず息を呑む。
「急に……走ったら、危ないだろう。君の身体は君だけのものじゃないんだ。転んだらどうする」
「ご、ごめん、なさ……」
ごめんなさい。何度もそう呟いたのは、彼がここにいるという現実をようやく飲み込めたからだった。勝手に家を出て、契約を途中で破ってしまったことに対する罪悪感が湧き上がり、私の唇を震わせる。
痛いぐらいに私を抱き締めた景光さんは、そんな私の懺悔を聞いて深く深く息をついた。
「っ……」
幻聴かと、思った。
あの家を離れてから、頭の中で擦り切れるぐらいに再生した声が、私の名前を呼ぶ。そちらを振り向いたのはほとんど反射のようなもので、しまったと思うより、私の瞳が彼の姿を捉えるほうが先だった。
目を見開いてこちらを真っ直ぐに見据える、――――景光さんの姿を。
「紗世!」
彼の叫び声を合図に、弾かれるようにして足が動く。そのまま景光さんと反対方向に駆け出してしまったのは、頭で考えたわけではなく咄嗟の反応だった。合わせる顔がないと思ったのかもしれないし、切羽詰まったような彼の表情と声になにがしかを感じたのかもしれない。地面に置いたエコバッグのことも、膨らんだお腹や取りづらくなったバランスのことも忘れて、私は彼から逃げ出した。
ただ私は身重で、特に運動が得意というわけでもない普通の女だ。それが男性の脚力に敵うはずもなくて、――――
「ッ、待て……紗世! 止まれ!」
焦燥の滲んだ声が追いかけてきて、その数秒後にはもう私は彼の腕の中にいた。
温かく、逞しい腕の感触。耳元に感じる荒くざらついた呼気。背中に激しく脈打つ心臓の気配を感じて、私は思わず息を呑む。
「急に……走ったら、危ないだろう。君の身体は君だけのものじゃないんだ。転んだらどうする」
「ご、ごめん、なさ……」
ごめんなさい。何度もそう呟いたのは、彼がここにいるという現実をようやく飲み込めたからだった。勝手に家を出て、契約を途中で破ってしまったことに対する罪悪感が湧き上がり、私の唇を震わせる。
痛いぐらいに私を抱き締めた景光さんは、そんな私の懺悔を聞いて深く深く息をついた。