極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
 城阪社長の手は、アルコールのせいかひどく熱い。シャツ越しなのにはっきりと伝わってくる体温が生々しくて、自分の体温まで上がっていくような感覚。彼がずっと無言なことも相まって、妙な雰囲気が私たちの間に生まれているような気がした。
 エレベーターを降り、ヒールが沈むほどのカーペットを進む。やがて辿り着いた部屋の前で、彼からキーを受け取り、ドアを開ける。ここでお暇するか悩んだものの、会場にいたときよりも足取りが覚束ないのを見て、私は城阪社長をベッドまで運ぶことにした。
「着きました。……社長、大丈夫ですか?」
「……ああ。ありがとう」
 ふ、と明け透けに笑みを浮かべる彼に、きゅんと心臓が疼く。一瞬呼吸すらも止まったような気がして、反射的に胸元に手をやった。
 城阪社長がこんなふうに無防備に、柔らかく笑うところなんて初めて見た。そもそも笑みを見せてくれること自体が稀ではあるけれど、それもパーティー前に見たようなささやかなものばかりで、――――そんな珍しい笑顔が自分に向けられたことに、どうしようもなくときめいてしまう。
「あ……ええと、よろしければお水でもお持ちしましょうか」
「そうだな……頼んでも、いいか」
「はい!」
 胸に渦巻く甘ったるい感情を誤魔化すように声を張り上げ、私は部屋に備え付けられた冷蔵庫からペットボトルを取り出すと、それを持ったままベッドの傍へと引き返す。
 そして、それを城阪社長へと手渡そうとして、――――
「はい。どう、ぞ……」
 力強い手に引っ張られ、ぐるりと世界が回った。
 え、と間の抜けた吐息が声として漏れる。何が起こったのかを理解するまでに、実に瞬き五回分ほどの時間を要した。その頃には先ほど私を引っ張った手に両腕をまとめ上げられ、シーツの上に縫い付けられるような格好になっていたけれど。
「え、っ……あ、あの、社長……?」
「……ん?」
「あの、その……は、放していただきたいのですが……」
「だめだ」
 先ほどまでとは明確に違う、蕩けるような声音が鼓膜に優しく触れる。ぞくりと背筋が震え、脳髄まで電流が走る感覚。いくら恋愛経験ゼロの私でも、この後に何が起こり得るかはありありと分かった。
 なんで、なんでこんな。嘘だ。動揺のせいでまとまらない思考が、ぐるぐると同じ言葉を吐き出す。だって、こんなことされる理由がない。私が、――――城阪社長に押し倒される、なんて。
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