若き社長は婚約者の姉を溺愛する
 安心して一緒に、出かけられる。
 瑞生さんの隣に座り、エプロンを外してたたむ。

「すみません。普段着で」
「食事だけだから、気にしなくていい。それに気軽に入れる店だから」

 ――気軽?

 瑞生さんが言う気楽と、私が考える気楽は、きっと天と地ほどの差があるに違いない。
 車の窓から見える風景は、賑やかな繁華街から、お寺が多く建つ古い町並みへ変わる。
 細い路地が入り組み、人の姿はまばらだ。
 白の暖簾がなかったら、そこが料理屋であることに気が付かなかったと思う入口。その入り口を開け、中へ入ると広い和風庭園が広がっていた。

「いらっしゃいませ。宮ノ入様」

 大きな玄関には、女将らしい着物姿の美人が出迎えてくれる。
 やっぱり、私が考えていた気軽と瑞生さんが考えていた気軽は違う。
 ファミレス的な気軽さではなく、誰にも邪魔されることなく、料理を楽しめるお店という意味だった。

 ――やっぱり、そうだと思った。

 二百年以上の歴史を持つ料亭らしく、絵や書が飾られている。
 木の香と庭の土の香りが、開けた窓から流れ込み、気持ちが落ち着く。
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