若き社長は婚約者の姉を溺愛する
「どうぞ。翠雨(すいう)の間でございます」

 草木は通り雨の名残か、青葉に雨の露を残し、苔と白い芝桜(しばざくら)の間を小さな小川が流れている。
 緑と水を表現された庭が見えるこの部屋は、翠雨の名にふさわしく感じた。

「それでは、私は別室で食事をしますので、ごゆっくり。せっかくの誕生日ですから、どうぞ楽しんで下さい」

 すごすぎて、ぼうっとなっていた私を八木沢さんは見抜き、声をかけ、現実に戻してくれた。
 女将と一緒に一礼し、部屋から出て行った。
 この静かな部屋に、私と瑞生さん二人だけ――静寂が、私の心をいつもより素直にさせた。

「こんな素敵な場所で、食事なんて嬉しいです。ありがとうございます」

 その言葉に瑞生さんは微笑む。

 ――今までも卑屈にならないで、お礼を言えば、よかっただけ。瑞生さんは、ただ私を喜ばせたいだけだったのに。

 そんな当たり前のことに、私はようやく気付いた。
 プレゼントをもらう価値があるか、そばにいていいのかと、ずっと悩んできた。
 今まで瑞生さんが私にくれたものは、全部初めてのことばかり。
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