若き社長は婚約者の姉を溺愛する
 終業時間から十分経ち、時計を見た私に気づき、瑞生さんは私の体を放す。
 沖重の家に急いで帰って、家事をするのも今日が最後。

「じゃあ、明日」
「はい。明日」

 私たちはそんな挨拶をして別れた。
 離れるのが、寂しいと思ったけど、明日までの我慢。
 それに、私の首のネックレスには、瑞生さんがくれた婚約指輪がある。
 婚約指輪に触れると、自然に顔が緩んでしまう。
 無表情でいるのが私なのに、嬉しいことの連続で、無表情を作るのが難しい。
 そんなことを思いながら、会社を出て電車に乗り、沖重の家へ帰った。
 今日の夕飯は冷凍庫にある作り置きを全部出す予定だった。
 冷蔵庫も冷凍庫も綺麗に片付けてある。
 いなくなる準備は完璧だった――

「こんな早い時間に一臣(かずおみ)さんがいる……?」

 道路脇に止められた車は、一臣さんのものだった。
 それに父もいるようだ。

「ただいま戻りました……?」
「帰ったわね! 美桜!」

 家の中へ入ったなり、鬼のような形相(ぎょうそう)をした継母が待っていた。
 仁王立ちし、恐ろしい目で私を睨む。
 危険を察知した私は、逃げなくてはと思ったけれど、怖くて足が動かなかった。
 父の鋭い声が、リビングから聞こえた。

「美桜、こっちへ来い! 今すぐにだ!」
「な、なんですか……?」
 
 ここにいてはいけないと思い、逃げようと身を引いた私の腕を継母が素早く掴む。

「……っ!」
< 111 / 205 >

この作品をシェア

pagetop