若き社長は婚約者の姉を溺愛する
「これもよ」

 梨沙は灰皿を手に取り、私の頭の上から、タバコの吸い殻を落とす。
 フロア内がざわつき、騒然としたけれど、梨沙が気にする様子はなく、むしろ楽しそうだった。

「ゴミ箱と間違えちゃった」
「梨沙さん。気を付けてくださいよ」
「おばさん、ちゃんと掃除して」

 一緒にいる社員まで大騒ぎし、私に嫌がらせをする。

「靴が汚れたわ。雑巾でふきなさい」

 梨沙はそう言いながら、わざと顔に靴を押し付けて、大笑いした。

「きたなーい」

 梨沙は私の服で、靴についた灰を拭き取った瞬間――バンッとドアが開いた。
 廊下から現れたのは、私と組んでいた掃除スタッフ。中の騒ぎを聞きつけて、飛び込んできたようだ。
 
「ちょっと! あんたっ!」

 私をかばおうとしたことに気づき、慌ててそれを手で押し止めた。

「あ、あの、いいんです。ここは私が掃除しますから!」

 フロアから廊下へ押し出し、手早くこぼれた灰を片付ける。
 私が片付ける間、他の社員も見ていたけれど、梨沙の手前、なにも言えず、黙っていた。
 梨沙は掃除スタッフの剣幕に驚き、面白くなさそうにしているだけで、それ以上の嫌がらせはできないようだった。
 他人から怒られることがなかった梨沙は、きっと驚いたのだろう。
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