若き社長は婚約者の姉を溺愛する
 通帳と貴重品は、会社のロッカーに金庫を入れ、保管していたので、木村さんが女神のように見えた。

「先輩がスペアキーを引き出しの裏に隠したのを見てました」
「私のことを見すぎじゃない!?」
「まあまあ。よかったじゃないですか」

 結果オーライですっと言って、笑いながら、木村さんは言った。
 木村さんが隣の席で、心からよかったと思えた。

「悪いけれど、もう少し保管していてもらっていい? 実は身動きがとれなくて……」
「まかせてください。先輩の荷物は死守します」

 木村さんと時間は短く、廊下から靴音が聞こえた。
 その音に気づいた木村さんは、手を水で濡らし、ハンカチで拭きながら、自然な態度でトイレから出ていく。
 不自然なところはなにもなかった。
 さっきまで私と話していたのが、嘘のようだ。
 監視の人は、さすがに女子トイレをジロジロ見れず、離れた場所にいた。
 
 ――木村さん。ありがとう。

 心の中でお礼を言った。
 とりあえず、無一文という状況だけは、免れたようで、ホッと胸を撫で下ろした。
 どん底だったけど、まだ私は絶望したわけではなかった。
  
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