若き社長は婚約者の姉を溺愛する
 油断させ、追い詰め、囲んでから叩く。

「お嬢さん。こちらはお返しいただきますよ?」

 淀む空気の中、すっきりとした香りが漂う。
 その香りの持ち主は、見なくてもわかる――直真だ。
 マンションの鍵を背後から、直真はスッと奪う。

「きゃっ! け、気配がなかったわよ!」

 大騒ぎしかけた梨沙に、顔を寄せ、直真は耳元で甘く囁く。

「瑞生さんに夢中で、気づいていませんでしたか?」

 美しい美貌と誘う声音。
 たったそれだけで、普通の女性は堕ちる。
 案の定、直真の毒にやられ、真っ赤な顔をし、指を震わせていた。
 直真が自分を使い誘惑しようとしているのは、目に見えて明らかだ。
 俺の代わりに自分を差し出し、この女を堕とし、口を割らせ、美桜の居場所を吐かせるつもりなのだろう。
 
「直真。やめろ」
「……ですが」
「お前は俺の兄だ。宮ノ入のトップに立つ俺の兄だ」

 直真は驚き、そして微笑むと、鍵を梨沙の手に戻す。

「失礼しました」

 俺のそばへやってくると、直真は小声で言った。

「申し訳ありません。出過ぎた真似をしました」
「いや」

 俺と直真は、お互いの思考が近い。
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