若き社長は婚約者の姉を溺愛する
「俺がいいと言うまで、この部屋から絶対に出ないように。沖重(おきしげ)が待ち伏せして、美桜に嫌がらせをするかもしれない」
「そうですね……。わかりました」

 継母の執念深さと恐ろしさを考えたら、それくらいは平気でやるだろう。
 私は真剣な顔でうなずいた。

「じゃあ、行ってくる」
「はい。瑞生さん、いってらっしゃい」
「それいいな」
「え?」
「帰ってきたら、また言ってくれ」

 次はおかえりを、と言って、少し照れた顔を見せ、慌てて顔を隠す。そして、瑞生さんは部屋から出ていった。

 ――瑞生さんが可愛すぎる。

 胸が苦しくて、動悸が激しい。
 ただ挨拶しただけなのに、動揺している自分。こんな経験は生まれて初めてだった。

「瑞生さんが帰るまでに家事でもして、気を紛らわせていよう! じゃないと、心臓がもたないわ!」

 家事をしようと思ったけれど、まずはシャワーを使い、すっきりすることにした。
 シャワーを浴びるため、浴室に入ると、私が不自由なく暮らせるよう整えられていて、至れり尽くせりとはこのことだ。
 白のカラーを基調とした明るい浴室に入るなり、目の前に絶景が広がっていた。
 ホテルのスイートルームって、こんなかんじなのだろうか。
 魂が吸い取られたかのように、海が近く船が行き交い、大きな橋の下を船がくぐって行くのを眺めていた。

「すごい……」

 それくらいしか、言葉が出なかった。
 昨日は暗くて見えなかった景色が、明るくなった今はよく見えた。
 白の浴槽は広く、壁は大理石。
 お金持ちとはわかっていた。わかっていたけど、それは頭の中でだけ。

 ――本当に私とは、なにもかも違う。
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