若き社長は婚約者の姉を溺愛する
 むしろ、宮ノ入グループに買収された方が、安心して働けそうだ。
 祖父は堅実な仕事ぶりをしていたそうだけど、父はそれを否定し、失敗を繰り返した。
 経営状況は父の力で、なんとかできる範囲を超えていた。

「ふむ。知らないと思って話したが、知っていたか」 
「父たちが、その後どうなるのか心配ですけど……」
「なんだ? 散々、苦しめられた相手を気にかける必要もなかろう」
「今、瑞生さんといて、とても幸せなんです」
「ほう」
「だから、普通に暮らしていてほしいと思います。自分が幸せでも後ろめたくないように」

 時々、不自由で苦しかった日々を思い出す。
 でも、瑞生さんといるからか、自分のそばにあるのは幸せを感じる気持ちだけ。
 幸せな今が現実なのだと、瑞生さんの存在が、私を何度でも連れ戻してくれる。

「瑞生さんとの結婚を認めてくださり、ありがとうございます」
「……ふん。瑞生は人間らしくなった」
「最初から人間でした」

 ――私の記憶にある瑞生さんは、春の日差しの中で眠る姿だった。

 それしか、過去の瑞生さんを知らない。

「そうか。人間だったか」
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