若き社長は婚約者の姉を溺愛する
 梨沙の言葉に、継母が恥ずかしそうにうつむくのがわかった。
 継母に苦しめられたのは私だけではなかったのかもしれない。
 私をいじめることで、継母に褒められて生きてきた梨沙は、人間関係がうまくいってなかった。
 沖重本社で目にした梨沙が、普段の姿なら、友人と呼べる相手はきっといない。
 やったことは許せないけど、今だからこそ、梨沙が可哀想に思える。

「これから先、私たちは深く関わることはありません。だから、未来だけを考えて、全員が幸せに生きていくことを祈ってます」

 近くにいてはきっと傷つけあうだけだから。
 それは継母も父も同じ。
 父はなにか言いたそうだったけれど、首を横に振った。

「さようなら」

 継母は何も言わず、私から顔を背けたまま。
 すぐに人は変われないし、継母の恨みの深さを考えたら、追い詰めずに助けたほうがいいと思った。
 せめて、過去だけを恨んで、未来は恨まずに済むように。

「悪かった。美桜。ありがとう」

 父は深く頭を下げて、礼を言ってくれた。
 それで十分だった。
 気づくと、瑞生さんが私の手を握っていた。

「家へ帰ろう」
「はい」

 私が帰るのは、瑞生さんがいる場所。瑞生さんと家族となった私はもう『宮ノ入美桜』。
 沖重美桜をこの家に置いて、私は家を出る。
 振り返らずに、前だけを見て――
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