若き社長は婚約者の姉を溺愛する
「は、はい。そうです。私にご用事があると聞いて、うかがいました」

 気配を感じることなく、背後をとられ、驚いて振り返ると、そこには社長秘書の八木沢さんが立っていた。

 ――い、いつの間に?

 動揺する私に、八木沢さんは眉をひそめ、うーんと唸った。

「あ、あの……?」
「昨日、なんの用件でうかがったか、ご両親から話を聞きましたか?」

 八木沢さんは沖重の家に訪れた時、私がいたことに気づいていたようだ。

「詳しくは知りません。八木沢さんは妹の梨沙(りさ)に用事があって、会いに来られたんですよね」
「いいえ。美桜さんです」

 次は私が困惑した表情を浮かべた。
 話がうまく噛み合わない。

「なるほど。美桜さんは、なにも説明されていないようですね」

 父と会話をしたのはいつだろう。
 私が話しかけない限り、向こうから私に話しかけることは滅多にない。

「その……。私は家族とうまくいってなくて……。家族というより、家政婦として、住まわせてもらっているような立場です」

 自分の境遇を口にするのは、辛いことだった。
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