若き社長は婚約者の姉を溺愛する
 それを聞いて、私は拍子抜けした。
 梨沙と会うんだと知って、やっぱり昨日のあれは夢だったんじゃないかなって思った。
 二人はでかけるのか、慌ただしい雰囲気が伝わってくる。
 
「そうよね。どう考えても、私を気に入るなんてあり得ないわ。からかわれただけかも……」

 窓拭きをしていると、自分の顔が窓に映る。
 いつもの無表情が崩れ、どこか苦しそうな顔をしていた。
 ここから出ていけるんじゃないかなって、ほんの少しだけ期待してしまった。
 好きとか嫌いとかではなく、私は誰かにここから、連れ出してほしいと思って願っただけ。
 自分の顔を見ていたくなくて、窓吹きを止め、他の家事をすることに決めた。
 私が窓から離れた瞬間、インターフォンが鳴り、玄関まで小走りで出て行く。

「はい」

 玄関のドアを開けると、家の前にベンツが見えた。
 ここは高級住宅地だから、ベンツも珍しくないけれど、門の前にどーんと止めて、不遜な態度で立っていたのは、噂の人、宮ノ入社長だった。
 
「えっ?」

 考えるより先に体が動いて、バンッと玄関のドアを閉めていた。
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