若き社長は婚約者の姉を溺愛する
「わかった。直真(なおさだ)が裏から訪問したほうがいいみたいなことを言ってたな」

 いったい何者なのか、八木沢(やぎさわ)さんの配慮は間違っていない。
 むしろ、訪問を止めてくれたらよかったのだ。
 こんな正々堂々、真正面から来てもらったら困る。 

「美桜さん。お客様なの?」

 継母の声に、勢いよく玄関のドアを閉め、抑揚のない声で返事をした。

「いいえ」
「なにか話してなかった?」
「宗教の勧誘で、しばらく話を聞いていました。たった今、勧誘の方が、お帰りになられたところです」
「あら、そう。それならいいのよ」
「はい」

 継母と梨沙の心の中は、宮ノ入社長とのお食事会で、頭がいっぱいらしく、私のことはどうでもいいようだった。
 二人が玄関から出て行く頃には、社長が乗ってきたベンツはなく、バレずに済んで、ホッと胸をなでおろした。
 キッチンに戻ると、裏口から社長が現れる。
 申し訳ないくらい裏口が似合わない人だった。
 きっと私と違って、目立たず地味に、隠れて生きるなんてことを一度もしてこなかったに違いない。
 でも、今回だけは、ひっそりしていてもらわなくては困る。
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