若き社長は婚約者の姉を溺愛する
 公園で見るぼんやりした男の人ではなかった。
 ふわりと香る爽やかな香りに、気をとられ、私の唇に彼の唇が重なっていることに気づいたのは数秒後のこと。
 
「……っ!?」

 逃れようにも顎を掴まれていて、顔を背けることさえできなかった。
 外見より、ずっと優しいキスが私の抵抗を溶かす。
 離れた唇は、私の耳の形をなぞり、息がかかる。
 吹きかかる息と唇の感触に、体がぞくぞくして、力が抜けてしまいそうになる。
 執拗な唇に、頭の中がぼうっとして、壁に体を滑らせ、床にへたり込む前に大きな手が、私を支えた。

「やりすぎたか」
「……ひ、ひどい……です……!」
「悪い。次回は手加減する」
「次回じゃなくてっ」

 体に力が入らないくらいにまでされたことではなく、この行為がひどいと言ったのに、社長はまったくわかってない。
 軽々と私の体を抱え、椅子の上に座らせた。

「俺は君に結婚を申し込んだ。愛人ではない」
「はい……」

 私をまっすぐ見つめる黒い瞳が、私の否定を奪い去った。

「よし」

 頭を優しく撫でて、笑った顔が、私の心を甘く溶かす。
 
 ――不思議な人。
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