若き社長は婚約者の姉を溺愛する
 私が離れようとしても、簡単に手中に絡めとり、今や私の城であるキッチンは、社長に乗っ取られた。
 侵略者に紅茶とクッキーを出し、私は手の届かない距離まで遠ざかる。

「俺は猛獣か?」
「自覚してください。かなり危険です」
「おかしいな。いつもより、だいぶ優しいはずだが」

 仕事をしている姿を見ているわけじゃないからわからないけど、新社長が発表された時から、株価は上がっていて、評判もいい。
 私が思っている以上に、すごい人なのだろう。
 父が梨沙と結婚させたいと、考えるくらいには―― 

「そうだ。おにぎりのお礼を忘れるところだった」

 私に手渡してくれたのは、有名ブランドのマークが入った箱。プレゼント用にラッピングされていて、気になったので開けてみた。

「シャネルのハンドクリームとボディクリーム……? こういうのもあるんですね……」

 バッグや財布、スーツならともかく、ハイブランドの消耗品を使おうという発想がまずなかった。

「それなら、迷惑にならないだろ?」
「そうですけど、いろいろ考えてくれたんですね」
「実用的なものが、いいって言っていたからな」

 その発案者は、間違いなく八木沢さんだろう。
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